『あなたの脳障害児になにをしたらよいか』 のコースを終了したご両親には、自分たちでプログラムを作っておこなうこと、レクチャーシリーズを続けていくこと、集中プログラムに登録することなど、いくつかの選択肢があります。
集中プログラムに入ることを希望する場合は、まずホームプログラム・コンサルテーションを受け、研究所スタッフが認めればアスピラント・プログラムとして、研究所で初診を受けます。これは集中プログラムに受け入れられるための第一歩です。
ホームプログラム・コンサルテーションでは、家族から送られてくる報告書の内容を見て、毎日のプログラムに何らかの改訂を加えることが必要かどうかをシニ アスタッフが検討します。ホームプログラム・コンサルテーションの結果、研究所での初診を受ける態勢が整っていると判断された家族には、研究所からその旨 連絡がいきます。
最初の研究所訪問は、脳障害の子供を連れての2日間にわたるもので、これをイニシャル・アスピラント・アポイントメントと呼びます。ご両親はすでに『あなたの脳障害児になにをしたらよいか』のコースで研究所スタッフと会っていますが、スタッフが子供と会うのはこれが最初なので、準備段階はとても大切です。
この最初の2日間は集中的なものとなりますが、そのあいだに何がおこなわれるのでしょうか。この質問にお答えするために、イニシャル・アスピラント・アポイントメントで研究所を訪れたある家族を追ってみました。大切な2日間に備えるために、 皆さんもご一緒に誌上で体験してみてください。
ゴンザロ・ララギベルさんとアンドレア・ララギベルさんご夫妻はチリの方で、プログラムをしている家族と知り合いだったメキシコの友人から研究所のことを聞きました。
What To Do About Your Brain-Injured Child (邦題:「親こそ最良の医師」)の本を読んだお二人は、その内容に納得しました。さらにコースに出席したご夫妻は、娘さんのカミラに集中プログラムを受けさせたいと思い、イニシャル・アスピラント・アポイントメントに受け入れられました。
–1日目–
#1:チェックイン
月曜日の朝8時、ララギベルさん一家は、ヴェラス・ビルディングにあるクリニックのコーディネーターで受付をすませます。ニューヨーク経由で昨夜こちら に到着していたのですが、カミラは昨晩具合が悪くなって、一家は全員、あまりよく眠っていませんでした。コーディネーターはそのことを医学部門のディレ クターに報告し、その日合間をみてカミラを診察してくれるように依頼しました。ララギベルご夫妻はチリの方ですが、お母さんは英語が十分に理解でき、お父 さんは英語にはまったく問題がないため、通訳者は不要です。
#2:初回の発達ヒストリー
ララギベルさんが最初に会ったのは、知性面を優秀にするための研究部門のシニアスタッフのジャネット・カプートです。すでにご両親はカミラについての報告書 (ヒストリー)に詳しく書き込んで提出してありましたので、ここでのジャネット・カプートの仕事は、その報告書にそって細部まで細かくチェックし、すべてが正確であるかどうかを確認することです。
ヒストリーを読んだジャネットは、1994年5月28日に生まれたときには、カミラには問題がないように思われたけれど、生後2カ月半で細菌に感染したことを知りました。その後あっという間にカミラは敗血症性ショックにおちいり、脳への血流を含むすべての機能が働かなくなり始めました。集中治療室の医師たちは、カミラの命を救うことに全力を注いでいたため、感染の原因を究明することには手がまわりませんでした。カミラは命をとりとめましたが、病気のために右腕が硬直し、右手は握ったままとなりました。言語と視覚にも深刻な影響が残り、毎日何回も発作を起こすようになりました。
#3:脳神経評価
次にララギベルさんは、アン・ボールに呼ばれました。生理面を優秀にするための研究部門の責任者です。アンは研究所の発達プロファイルの6つの欄の機能について、それぞれのレベルの脳神経 的な機能を注意深くチェックします。アンはまた、コースのときにご両親が作成した発達プロファイルと、その後家に帰ってからもう一度評価して作成した発達プロファイルの両方を比較します。そのうえでアンは、この日の評価に基づいた新しいプロファイルを作ります。カミラの場合は、病気による障害であった、 この作業は少々複雑なものになりますが、最終的に新しいプロファイルができあがります。
次にアンは、1日に何を何回、あるいは1 週間に何日おこなったかなど、これまでカミラが家庭でおこなっていたプログラムを細かく検討します。ララギベルさんの場合は、同側パタニング、床のプログ ラム、傾斜板、および視覚刺激のプログラムをおこなっていました。さらに、食生活から乳製品を排除し、穀類と野菜を増やすなど、栄養面の改善にも努力がみられました。その結果として、家庭でのプログラムを8カ月おこなう間に、カミラは単に現状を維持しただけでなく、脳神経的にほぼ3カ月分の成長を遂げまし た。
またアンは、より良いヒストリーの書き方や、より正確な評価の仕方についてご両親に指導しました。報告書のなかの触覚機能に関して、肩、脚、腕、手など、それぞれの部分についての説明が書かれていなかったからです。これでご両親も正しい評価の仕方が分かりました。
#4:メディカル(医学的)ヒストリーと診察
医学部門のディレクターがカミラを診察することになりました。昨夜40度近い発熱があり、嘔吐もしていました。ウィルキンソン先生は、熱は下がっているけれど、しばらくは軽い食事にするようにアドバイスしました。
#5:昼食
クラークホールの食堂には、暖かいランチが用意されています。子供に特別なもの、例えばミキサーにかけた食物などが必要なときは、キッチンのスタッフが要請に応えます。
#6:発達プロファイル
昼食をすませた家族は、もう一度アン・ボールのところに戻って、カミラの発達プロファイルについての話を続けます。アンは、プロファイルの42の項目のすべてをご両親が理解したかどうかを確認します。また、プロファイルを横にたどってて、脳のそれぞれの部位の様々な機能の関連性が理解できているかどうかも 確かめます。さらにカミラのうえに現れた変化について話し合い、アン・ボールはカミラの脳神経年齢を算出します。
#7:診断全般について
ララギベルさんは、次にマシュー・ニューウェルに呼ばれました。身体面を優秀にするための研究部門の責任者です。マシューは、スタッフがどういう理由でこのような診断をしたのかを説明します。
これは、脳障害の程度(プログラム開始以前の成長率と正常な成長率との比較)、障害の拡がり(いくつの機能に影響が出ているか)、脳のどちら側に障害があるか(両側であれば、どちら側の障害が大きいか)、および障害のある脳の部位に分けて説明されます。ご両親がこれをはっきりと理解できるまで、マシューはすべての質問に答えます。
#8:臨床的診断
次は研究所の副所長ダグラス・ドーマンのオフィスです。ここでは、この臨床的診断に至るまでの数々のステップについての説明がなされます。発達ヒストリー、病因(障害の原因と考えられるさまざまなこ と)、脳神経評価、および成長プロファイル(カミラがどのレベルにいるか、本来ならばどのレベルにいるべきかなど)です。この日の午前中の話し合いで得られた情報をもとに、ダグラスはスタッフによるカミラの臨床的診断について説明します。診断は、難度、拡散、両側、中脳と大脳皮質障害です。
また家庭でプログラムをおこなっていた8カ月間のカミラの成長率は、プログラム開始以前の223%と算出されました。
こうしてララギベル一家の長い一日が終わりました。ご両親はカミラの脳障害について、またこれからおこなうべきことについて、はっきりと理解しました。疲れましたが興奮に満ちた一日でした。この第1日目は、「過去」について話す日だと言えるでしょう。明日の2日目は「将来」について話す日になります。これから家庭でおこなうことになるプログラムについて学ぶのです。
–2日目–
アスピラントの訪問の2日目はすべて、家庭でおこなう脳神経編成のためのプログラムについて、ご両親にお教えすることに費やされます。まずどこかの部門のディレクターと全体的な話をしてから、身体面、知性面、生理面のそれぞれの研究部門のスタッフに会うことになります。
#1:身体測定
ララギベルさんが最初に会ったのはイレーヌ・リーで、カミラの身体を人類学的な面から測定します。身体測定は、1日目が2日目のどちらかにおこなわれるもので、プログラム開始前とプログラム実施中の身体的な成長率をみるための重要な情報源となります。身体測定は研究所にくるたびにおこなわれ、体重、身長、 頭囲、胸囲が測定されます。
#2:プリ・オーバービュー
ララギベルさんは、カミラの擁護者に決まったアン・ボールに会うことになりました。擁護者というのは、子供の成長と発達の全体を見守り、家族にとっては一番大切な連絡窓口になるスタッフです。
アンはカミラの目標を、重要度の高い順番に組み立てていきます。今回は、生理面、身体面、知性面となりました。この順序に合わせて、プログラムは、呼吸マ スキング・プログラム、感覚刺激のプログラム、パタニング・プログラム、床のプログラム、栄養と水分バランスのプログラムとなりました。
#3:生理面のプログラム
引き続きアンのところで、生理面のプログラムについて、細かい指導を受けます。これまでにマスキングをしたことがなかったので、お母さんとお父さんも、1分間のマスキングを実際に体験してみます。これからカミラには、1日に何回もマスキングをすることになりますので、ご両親が実際にやってみることはとても大切なことなのです。
またご両親は、初めて交差パターンを習います。こうして実際におこなってみることで、家に帰ってから疑問がでないようにするのです。
#4:栄養のプログラム
次は医師のコラリー・トンプソン先生から、細かい栄養プログラムが出されます。まずトンプソン先生は、カミラの毎日のタンパク質の必要量を算出します。さらに、毎日摂取すべきビタミンなどの補助剤の服用量についての指導がなされます。
カミラにとって、体重を増やすことが重要なことなので、トンプソン先生は、食事の時間や分量について指導します。また、脳組織の浮腫を防ぐために、摂取する水分の分量についても指導がなされます。
#5:昼食
カミラとご両親は、クラークホールに行って、キッチンのスタッフが用意したランチを食べます。ご夫妻の頭には、家庭でおこなうプログラムの全体像がそろそろはっきりと見え始めてきました。また、カミラが元気になってきたのでほっとしています。
#6:運動のプログラム
昼食後、ララギベルさんが最初に会ったのは、マシュー・ニューウェルです。運動面のプログラムを細かく教えてもらいます。マシューは、カミラの視覚が非常 に弱いために、空間を動くことに恐怖感をもっていることが考えられるので、カミラにとって優しい、また励ましとなるような環境を整えることが何よりも大切であることを説明しました。
モビリティー・ルーム(運動のための部屋)にある傾斜板にカミラを乗せてみて、ほんの少しでも体を動かせば前進するようにするためには、表面の材質は何が良いか、傾斜角度は何度が一番良いかを判断します。カミラが動くことの必要性を感じるような環境を作 ることが、第一の目標となりました。ご両親は、傾斜板のセッションの成功度を高めるための貴重な情報をもらいました。
#7:知性のプログラム
プログラムの最後に会ったのは植村輝樹です。知性面を優秀にするための研究部門の副ディレクターです。カミラは視覚、聴覚、触覚が非常に弱いので、感覚刺激のプログラムが出されることになりました。現在もっている機能をさらに強化すると同時に、次のレベルの機能を発揮するチャンスを与えようというもので す。
植村輝樹はカミラにとっての、視覚、聴覚、触覚の目標を説明し、これらの感覚の刺激プログラムを指導します。感覚刺激のため の部屋に行って、いろいろな器具を実際に見ます。自宅でも同じものを作ることになるからです。またカミラは、床のプログラムやパタニングのプログラムから も、重要な触覚面の情報が得られるという説明もなされました。
#8:オーバービュー(全体像のまとめ)
最後に擁護者のところに戻って、集中プログラムの方針についての説明を受けます。
•プログラムは、必ずどちらかの親がやらねばならないこと。
•プログラムの効果をあげるためには、毎日おこなわれなければならないこと。
•再診には必ず両親揃って研究所を訪問しなければならないこと。
•質問や問題があったら、必ず擁護者に連絡すること。
最後にアン・ボールは次回の評価、レクチャー、プログラミングの日程をご家族に伝えました。通常これは6カ月ごとになりますが、ララギベルさんの場合は、 ちょうど次の赤ちゃんの出産と日にちが重なっていました。そのため、少し早めに次の訪問の予定が作られて、そのときにプログラムを見直し、出産までプログラムがスムーズにできるように調整することとなりました。
山ほどの情報とチャレンジを手にしてララギベルさんご一家は、決意も新たに、そして、カミラが正常な人生が送れるようになるためのチャンスを与えられるのは自分たちだけであることを実感して帰っていきました。
《その後》
1年経ってご両親は、カミラの認識力、視覚、運動、生理に大きな変化を生み出すことに成功しました。簡単に傾斜板を降りてくるようになり、単語100語と簡単な文章を理解し、触覚もでてきて服をつかんだりするようになり、絵よりも読みの単語のほうが好きであることも分かりました。
加えてララギベル家には、健康な女の子が誕生しました。子供の脳の発達に関するご両親の知識が増していけば、赤ちゃんにとってもすばらしいことになるのは明らかです。
ご夫妻は、次回、再診のために研究所を訪れる1週間がどういうものになるのかが分かって、もっとリラックスできるだろうと言っています。プログラムのなかでも、呼吸プログラムが特にカミラのためによかったとのことです。このプログラムのお陰で発作がなくなり、よく眠れるようになり、運動プログラムがよくで きるようになったからです。
お母さんはさらに加えて、プログラムをするために日程をしっかり作ることで、生活全体が組織だったものになったと言っています。マスキングを始めてからすぐ、カミラは発作をおこさなくなり、プログラム全体の時間に余裕がでてきたそうです。