子どもたちのサクセスストーリー

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脳障害とは?

  脳障害児のことを表すのに、さまざまな用語が使われていますが、それをそのまま脳障害の意味として受け取ってしまったら、問題を解決する道は遠いものになってしまいます。 

 アメリカの優れた精神科医、メニンガー診療所のメニンガー医師があるとき私に言いました。「わけのわからない病気に出会うと、人はそれに何かしらの名前をつけ、レッテルを貼りたがる。そうすることである程度その病気を理解したような気になるからだ。」さらにメニンガー医師は、そのことで病気の原因が明らかになることはめったになく、かえって混乱が増すだけだ、とつけ加えました。

 脳障害児の世界でも、用語の混乱が問題となっていることはたしかです。この本(親こそ最良の医師)の原題を次のようにした理由もそこにあります。「あなたの脳障害児、あるいは、脳損傷、精神遅滞、精神薄弱、脳性麻痺、情緒障害、痙性麻痺、弛緩症、硬直性、てんかん、自閉症、アテトーゼ、多動な子供になにをしたらよいか」本のタイトルとしてはひどいものです。これを見た人はみな、「いったいこれはどういう意味なんだ」と言うことでしょう。

 実は私は、皆さんの口からまさにこの言葉を聞きたいのです。これこそ、私たちが問い掛けねばならないことなのですから。「いったいぜんたい、これらの言葉は何を意味しているのだ?」と。

 もしあなたが脳障害児の親ならばきっと、これらの言葉を耳にしたことがあるでしょう。専門家に診てもらうたびにいろいろな言葉を聞かされ、これらの一部、あるいは全部の言葉を言われてきたのではありませんか?小さな子供たちが、あちこちで診察を受け、そのたびに異なった診断をされ、これらの用語のすべてが診断名として与えられてしまうこともあるのです。そのような2歳の女の子を見て、私は、こんなに小さな子供がいちどにこんなにたくさんのおそろしい病気(それらが本当に病気といえるなら)を抱えているなんて、ありうるのだろうかと思うことがよくあります。
 
 これらの言葉は、どういう意味なのでしょうか。「脳障害児」と「精神遅滞児」は同じことなのでしょうか。

 「脳障害児」と「精神薄弱児」は同じでしょうか。そういう子供はみんな「情緒障害」なのでしょうか、それともこれは別の問題なのでしょうか。「脳性麻痺」の子供はどうでしょう。これは賢い子供のうえに現れるひとつの状態なのでしょうか。それなら精神遅滞の子供は、別の種類の子供なのでしょうか。脳性麻痺の子供は痙性でしょうか、弛緩性でしょうか、その両方でしょうか、どちらにもあてはまらないのでしょうか。いつでもそうなのでしょうか、ときどきそうなるのでしょうか。

 とにかく、これらの用語はどういう意味なのでしょうか。文字どおりの意味でしょうか。文字どおりでないとしたら、いったいどういう意味でしょう。

 例えば「情緒障害」という用語はどうでしょう。脳障害児の多くは「情緒障害」という診断をくだされています。どういう意味でしょうか。診断は「脳障害」ではない、つまり子供は「脳障害」ではなく「情緒障害」だということでしょうか。それともこの子は、同時に2種類の異なった病気にかかっているということでしょうか。「情緒障害」とはどういう病気なのでしょう。というよりこれは病気なのでしょうか。この言葉はどういう意味でしょうか。文字どおり情緒的な障害があるという意味ならば、この世でいちばん幸せな人間のひとりである私でさえ、さまざまなことが原因で1日に20回か30回は情緒障害をおこしています。私は心の中でひそかに、皆さんもきっとそうだろうと思っています。まともな精神の持ち主ならば、大手の新聞の第一面の記事を読んで、情緒に障害をおこさない人はいないと思います。情緒障害というのが文字どおりの意味ならば、少なくとも情緒に障害をおこして当然です。しかし脳障害児の診断名として使われる「情緒障害」という語が、文字どおりの意味でないとしたら、大きな疑問が残ります。「これはいったいどういう意味なのだ」という疑問です。

 おそらくいちばんよく知られているであろう別の用語を例にとってみましょう。「脳性麻痺(Cerebral Palsy)」という用語です。Cerebralは「脳の」、palsyは「麻痺」という意味です。Palsyを「不随、ふるえ」の意味で使う人もいます。しかし脳がふるえたり麻痺したりすることはありませんから、「Cerebral palsy」という言葉は、文字どおりの意味をもってはいません。それならば、どういうことを意味しているのでしょう。

 脳性麻痺についての権威といわれるある人が、この言葉の意味について「脳のごく特異な部分の、きわめて特異な損傷によって生じる、きわめて特異な一連の症状」であると述べました。定義として悪くはありません。このように定義するならば、診断名として使えそうでしたが、また別の権威が、これとは大きく異なる意味をもたせたのです。この人は「脳性麻痺とは、子供の首から上に発生する障害のすべてを指す」と定義しました。これも悪くはありません。ただし、最初の権威の定義がなかったら、の話です。残念なことに、こうした意見の不一致は、この二人のあいだだけにはとどまりません。ある分野での権威といわれる人の数と同じだけ、さまざまに異なった定義が存在します。おまけに、権威といわれる人は、たくさんいるのです。

 それに、いくら用語に磨きをかけても、ことは解決しません。

 脳性麻痺という用語は、いくつかのカテゴリーに分類されます。そのひとつが「アテトーゼ型脳性麻痺」というものです。分類のしかたによっては、さらにアテトーゼを10種類から12種類に分類します。この混乱を整理するためにドクター・フェイは、自らの著書や共著書のなかでいくつかの分類を試み、結局アテトーゼには2種類しかない、と結論づけました。つまり「アテトーゼあり」と「アテトーゼなし」の2種類ということです。これでアテトーゼの種類が大幅に減りました。最終的に私たちは、用語にこだわっても、ものごとを明確にすることにはならず、かえって混乱を増すだけだというメニンガーの言葉に同意することになったのです。

 ここに挙げたさまざまな名称や、その他現在使われている名称の大半が問題なのは、そうした名称が使われると、症状を病気そのものと取り違えてしまうという間違いがさらに大きくなってしまうということです。

 非常によく使われている「精神遅滞」という用語がよい例です。テレビやラジオをもっていないとか、耳が聞こえず目も見えないという人は別として、現在のアメリカで、この言葉を繰り返し耳にしたことのない人はいないでしょう。「精神遅滞はどんな家庭にも襲いかかる可能性がある」「精神遅滞児は2分にひとりの割合で生まれている。」「精神遅滞と戦おう。」「精神遅滞の原因究明の研究のために寄付を」「この子は精神遅滞の犠牲となった」などなど。

 こういうことを聞くと、まるで「精神遅滞」という名前の病気があるかのような印象を受けませんか。そんな病気はないのです。精神遅滞は症状のひとつに過ぎません。他のたくさんの症状と同様に、たくさんの異なった病気にともなう症状のひとつなのです。例えば、両親の血液のRh因子不適合の結果として、子供に精神遅滞という症状が現れることもあります。車にはねられた結果として、精神遅滞という症状を呈することもあります。生まれたときにへその緒が首にきつく巻きついていたために、精神遅滞の症状が出ることもあります。はしかから脳炎になって、そのために精神遅滞という症状が出ることもあります。そのほか、百種類もの病気や怪我などによって、重度、中度、軽度の精神遅滞という症状が出ることがあるのです。

 精神遅滞があたかもひとつの病気であるかのように語ることは非科学的であるばかりでなく、問題に対する理にかなった答えの発見を遅らせてしまうという深刻な事態を引き起こすことになります。これはとても重要なポイントですから、確実にはっきりと理解していただくために、あえてしつこいまでにお話ししているのです。私の力でできるかぎりわかりやすく、正確に論じてみましょう。

 今日ある人が、アメリカ人のうち700万人が「熱」に冒されていることが判明した、と発表したとします。原因はまったくわからないと同時に、かなり深刻な状況であるとも伝えられているとしましょう。発表では、高熱をともなうこの得体の知れない状態は、軽度であれば日常生活に不便を感じる程度ですが、ひどくなると死に至ることもあるとのことです。今日一日だけでもこの「熱」のために数百人のアメリカ人が命を落とすだろうというのです。さらにこの発表には、8秒にひとりの割合で生まれてくるアメリカ人の赤ん坊も、いずれはこの「熱」に冒されるだろうとつけ加えられていたとします。そしてこの発表は、アメリカには「熱研究所」なるものが存在しないことが分かったので、人の命を奪うこの「熱」と戦うために数百万ドルの基金を集めてそうした研究所を設立することにした、と締めくくられています。

 もしこういうことが起こったなら、この発表をした人物に、誰かが次のように言ってくれることを期待したいものです。「あなたの言うことはどれももっともだ。あなたのやろうとしていることは実に高潔で、私欲にはとらわれていないことはよくわかる。でもあなたはそんなことをすべきではない。あなたの言うことはどれも真実だけれど、そこから引き出した結論が正しくない。熱は病気ではなく、さまざまな病気や怪我のために現れる症状のひとつにすぎない。そんな研究所を作ったら、専門家も含めてたくさんの人が、そういう病気が実際に存在すると思ってしまうだろう。そうなったら、真実は陰に隠れてしまい、やがては人類に害を及ぼすことになるだろう。」

 実際にも「精神遅滞」という不正確な用語が一般に広まってしまった結果、これとおなじことが起こっているのです。

 精神遅滞は、ひとつの症状に過ぎません。熱が何かの病気や怪我の症状であるのとまったく同じことです。熱という症状をもたらす病気の治療に成功したならば、熱は自然に消えていきます。その他の病気の症状についても同じことが言えます。精神遅滞という症状を呈する脳障害の場合も同じです。脳障害の治療に成功したならば、精神遅滞という症状は自然に消えていくのです。

 この用語はどのようにして生まれ、どんな意味をもつのでしょう。

 たいていの人は、平均的な子供と同じ速さで学べない子供、あるいは同じだけの分量を学びとれない子供を指して、精神遅滞という言葉を使います。さらにここには、もうひとつの意味がつけ加えられるようになりました。それは、それとなくほのめかされてはいるけれど、声に出してはっきり言われることはあまりありません。つまり、母親がこの男性と結婚したから、あるいは、子供の祖母がこの祖父と結婚したから精神遅滞の子供ができたのだ、というような意味合いが込められているのです。精神遅滞という症状が子供のうえに現れているのは、両親の組み合わせが原因となる場合もないとは言いませんが、この症状をもつ子供全体からすれば、ごく少数です。

 精神遅滞という用語は、好意的な気持ちから出た造語です。しかし、当人が頼みもしないのに、誰かが勝手にその人を救おうとすることで発生する問題は、非常に多いのです。あまりにも過酷な事実(実は、過酷ではありましたが、事実ではありませんでした)と思われた状況から親たちを守るために、精神遅滞という用語をつくってごまかしてしまったのです。しかしこの言葉ができる前は、知能を測定して、その指数が平均以下(100を平均、あるいは正常値として)の子供を、正常レベルに達していない子供とし、測定値にしたがって、軽愚、白痴、痴愚と分類していました。

 親に対して、あなたの子供は軽愚です、白痴です、痴愚ですなどと告げるのは非常に残酷なことに思われたため、婉曲的な表現として精神遅滞という語がつくられたのです。言葉そのものとしては、問題の性質をよく表した優れた選択でした。しかし最終的には、症状を表したに過ぎないこの用語そのものが問題となってくるのです。お子さんは精神遅滞です、と告げられたことは、軽愚です、白痴です、痴愚ですと言われたのと同じだということに親が気づくのに時間はかかりませんでした。親たちはごまかされませんでした。しかし私たちも含めて、専門家の世界には、白痴と精神遅滞という、少なくとも2種類の病気が存在することになったのです。
 
 数年後、親たちを相手にする専門家は、精神遅滞も白痴も、親にとっては同じ意味だということに気づきました。そこでさらに婉曲な新しい用語が考え出されました。知能の程度が平均以下の子供を、「特殊」と表現するようになったのです。知能指数(IQ)が低い子供を「特殊」と呼ぶのは、言葉の上では正しいです。しかし、なんとご立派な婉曲表現でしょうか。「特殊」ということは、このような子供はほかの子供たちよりも「優れて」いるという意味にもとれるからです。

 ここでも親たちは、この用語のおだてにも乗らず、だまされもしませんでした。自分の子供が、何ができて、何ができないか、親には正確にわかっています。自分の子供が「特殊」と言われることは、よいことではないと親はすぐに気づきました。その裏にある本当の意味は「精神遅滞」であり、さらにそれは軽愚、白痴、痴愚という意味であることを知ったのです。

 親たちは依然としてだまされず、なだめられて引っ込んでしまうこともありませんでした。しかし私たちをも含めて専門家のあいだには、少なくとも3種類の病気が存在することとなりました。白痴の子供、精神遅滞の子供、特殊な子供の3種類です。

 「精神遅滞」は病気ではありません。病気の症状です。白痴、情緒障害、弛緩性、痙性、四肢麻痺、対麻痺、片麻痺、両側麻痺、その他山ほどの名称が脳障害児について使われていますが、どれも症状を表すものであって、病気そのものの名称ではありません。

 脳に問題の原因がある子供を、何百種類にも分類したところで、役に立つとは思いません。私たちは脳に障害のある子供たちの手助けする方法を学びました。しかしそうでない子供たちを助ける方法は知りません。いつの日か、どんな子供でも助けられる日が来るかもしれないと思っています。私たちの研究所にやってくる子供たちは、大きく分けて次の3つのグループに分類できると思います。   

1.末梢神経系に問題のある子供たち

2.心理的な問題のある子供たち

3.脳障害の子供たち

 

1.末梢神経系に問題のある子供たち

  神経系は、ふたつの主要部分から成っていることを知っておく必要がありあます。ひとつは中枢神経系(CNS)であり、もうひとつは末梢神経系(PNS)です。中枢神経系は、脳と脊髄から成っています。

 中枢神経系、あるいは脳以外のところの疾患のために、問題が起きている場合もあります。そうした問題は、末梢神経や、神経筋結合部、あるいは筋肉に影響を与えることもあります。その場合、運動系や感覚系の問題が起こることがありますが、その原因は中枢神経系や脳そのものではありません。ひとつの例としてあげられるのが末梢神経障害です。このために運動系や感覚系の症状がでることがあります。神経筋接合部に問題が起きることもあります。その場合、衰弱することもありますが、衰弱は神経と筋肉の接合部の問題であり、脳障害によるものではありません。筋ジストロフィーや筋肉疾患の場合もあります。そうした人々も、虚弱状態を呈しますが、この場合は筋肉の虚弱であり、脳に原因のあるものではありません。中枢神経系と末梢神経系の問題の両方がある場合もあります。

 人間能力開発研究所のプログラムは、中枢神経系に障害のある人のためのものです。末梢神経系、神経筋接合部、筋肉疾患のみが原因で問題が起きている方々は対象にしていません。こうした問題は、研究所に来る前にすでに確認されている場合がほとんどです。

2.心理的な問題のある子供たち

 脳の構造の損傷の既往症のない健常な子供が、心理的、情緒的あるいは行動上の問題を呈することがあります。医師や科学者たちは、このような状態が起きたとき、場合によっては脳のなかに起こっているかもしれない、複雑な生物学的あるいは化学的変化を解明しようとしています。そのような子供のなかには、栄養状態をしっかりとさせたり、アレルギーをなくしたり、薬剤の服用をやめたりすることで、状態が改善される子供もいます。生理的な環境を整えるためのプログラムに加えて、社会面,運動面、知性面で優秀になることを目指したプログラムも有効と思われます。

 脳障害の子供のなかには、世間では「心理的問題」「情緒の問題」「行動上の問題」があると言われている子供がたくさんいます。なかには「精神異常」と言われる子供もいます。脳は身体の全てをつかさどります。「精神異常」と診断された子供のなかには、精神異常ではなく、実は脳障害だという子供もいます。その場合は、中枢神経系に働きかける治療に脳が反応するにつれて、行動上の問題も解消していきます。

3.脳障害の子供

 人間能力開発研究所で言う脳障害児とは、何らかの理由で脳に損傷が及んだ子供のことです。「何らかのこと」は、どんなときにでも起こりえます。受胎の瞬間に起こることもあれば、受胎してから1分、1時間、1日、1週間、1ヵ月あるいは9ヵ月後にも起こりえます。出産の途中で起こることもありますし、生まれてから1分後、1時間後、1週間後、1日後、1年あるいは10年後に起こることもあります。生まれてから70年後に起こることもあります。その場合は、脳障害児ではなく、脳障害者と呼ばれるだけのちがいです。

 手術室で実際にこういう人たちの脳を見ることができたら、限られた小さな部分にかなりはっきりとした傷が見えることもありますし、肉眼では見えない傷が広い範囲に散らばっていることもあります。顕微鏡を使わなければ問題の箇所が見えないこともあります。またときには、細胞レベルの機能の問題で、現在の技術を駆使しても目には見えないこともあります。場合によっては、脳の検査、撮影画像、脳波検査、誘発電位、その他の検査で、異常が見えてくることもあります。しかしこのような検査では見えない場合もあります。脳の損傷が重度なこともあれば、損傷が軽い場合もあります。損傷のために、歩く、話す、聞く、見る、感じるなどの能力のどれかひとつ、あるいは複数の能力十分に発揮されないこともあります。

 ひとりの子供のうえに、異なった障害が、異なった時期に起きることもあります。大きな怪我をしたとか、感染症にかかったなど、脳障害の原因がはっきりしている場合もあります。原因がはっきりわからないこともあります。本書が脳障害児と言った場合、ある原因、あるいはいくつか複数の原因によって、脳に損傷が及んでいる子供を意味します。原因が似通っている場合もありますが、脳障害の状態は、一人ひとり異なります。なぜなら、損傷の影響が及ぶ子供たちはそれぞれに異なっているからです。それぞれの子供のもつ可能性も、異なっているからです。

 1、急性の脳障害:脳に損傷を受け、すぐに、場合によっては緊急に、治療や手術を受けなければならないようなこともあります。感染症から来るものもあれば、出血、腫瘍、外傷、水頭症の進行などが原因となっている場合もあります。子供の生命を救うために、そして脳への有害な影響を最小限にくいとめるために、直ちに処置をしなければならないような状況にある場合です。処置は通常、病院などでの緊急治療によっておこなわれます。急性の段階を過ぎたあとも、脳障害が残ることがあります。このような脳障害の子供たちが、歩く、話す、聞く、見る、感じるなどの分野でもつ問題の程度はさまざまです。何もせずに放っておくと、こうした問題は慢性的、あるいは永久的なものになることがあります。急性の、生命を脅かす問題のあと、脳障害となったけれど、状態は何とか安定しているという子供が、私たちの研究所にやってきます。こういう子供たちの回復を速めるために、何らかの治療をすることが重要です。脳障害になってからかなりの年月が経っている場合でも、治療の効果は見られます。

 2.「知的障害」の脳障害児:かつては「知的障害児」と呼ばれていた子供の脳には形成異常がみられます。ダウン症などの遺伝子異常の場合もあれば、出産前に脳の発達に影響を与える何らかの問題を原因とする場合もあります。その他の臓器や身体の外見に異常があることもあります。脳の形成異常や、遺伝子の問題がある子供は、治療しても効果がないと思われていた時代もありました。精神病院に閉じ込められて一生を終わる子供もたくさんいました。CTやMRIで脳の発達異常がわかったたくさんの脳障害児が、私たちの研究所のプログラムをおこなってきました。形成異常の中には、脳回が大きすぎる、あるいは小さすぎるケースもありましたし、脳葉やその他の部分の奇形や欠落というケースもありました。灰白質や白質に異常のある子供もいました。現在では、脳が構造的に異なって見える場合でも、その脳が刺激と治療に反応することがわかっています。このような子供たちは、脳神経治療的なプログラムの対象となります。

 3.神経消耗性疾患のある脳障害児:神経消耗性の障害のある子供たちは、脳や神経系の進行性の破壊を引き起こす病気であることがあります。場合によっては、代謝の問題やその他の問題が見つかることもあります。こうした問題は、栄養の面からの働きかけや、脳の生理的環境を変えることで修正できる場合があります。つまり、残留性の脳障害を治療する可能性があるということです。しかし、この他にも脳や神経系の破壊を急速に進めてしまうような問題もあります。そうしたケースが稀なのは、幸運と言ってよいでしょう。しかしこういうケースに関しては、私たちのプログラムによって有効な影響を及ぼすことは不可能なこともあります。
 
 脳障害はどんなときにでも起こりえます。脳障害の原因もさまざまです。ときには脳障害を引き起こした原因が十分に理解されないこともあります。また、医師、教師、あるいは社会によって、脳障害児にさまざまなレッテルが貼られてしまうこともあります。しかしそのようなレッテルは、脳障害による問題の症状を表わしたに過ぎないのです。

 脳障害児は文字通り何百万人といます。エイブラハム・リンカーンの表現を借りて次のように言い換えたとしても、リンカーンはきっと許してくれるでしょう。「神様は脳障害児を愛していらっしゃるにちがいない。こんなにたくさん脳障害児をおつくりになったのだから。」

 脳障害児は、素晴らしい子供たちです。私たちの助けを必要とし、助けを得るだけの価値のある子供です。私たちは今、脳神経編成のためのプログラムが、ほとんどの脳障害児のうえに成果をもたらしていることを知っています。将来いつか、全ての脳障害児のための答えが出る日が来ることでしょう。

人間能力開発研究所創立者 

グレン・ドーマン