
「人間能力開発研究所を知る人々を分類すると、3つのグループのどこかに入る」研究所の創立者は顔をしかめてこう言います。
1. 研究所に愛情を覚えているご両親。(このグループに属する人々は、あらゆる産業、あらゆる業種、あらゆる職業にわたり、10万人にものぼっています)
2. 研究所について何らの知識をも持とうとはせず、その結果として私たちを攻撃する専門家たち。(このグループには数百人の人々がいます)
3. 研究所について何らの知識をももたず、そのうえ研究所の一員であることを装っている専門家や素人たち。
研究所本部はアメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィアに置かれています。本部のもとに、次の研究所が存在します。
・ヨーロッパ人間能力開発研究所(イタリア、ファウーリア)
・人間能力開発研究所(ブラジル、リオデジャネイロおよびバルバセーナ)
・ドーマン研究所(日本、東京)
上記に加えて、神戸(日本)、メキシコシティー(メキシコ)、アグアスカリエンテス(メキシコ)、マドリッド(スペイン)、パリ(フランス)にも人間能力開発研究所のオフィスがあります。
このほかには、人間能力開発研究所の仕事をおこなうことを認められたり、その資格を与えられている支部や組織はありません。
この一文は、親である人々と、私たちの名前を騙る偽者についての話です。
「別のところの研究所」に行った友人がいる、というような手紙を受け取らない週はありません。その「別の研究所」は、フィラデルフィアにあることもあれば、アメリカのその他の49州のどこかであったり、ヨーロッパだったり、アジアだったり、その他だったりします。
そうした手紙のなかでは、次のような質問がよく寄せられます。「なぜ、あなたがたの研究所の別の施設ではマスキングをしないのですか」「なぜ別のところでは読みのプログラムがないのですか」「床に置くのは1回に1分、それを1日10回でいいのですね」「まず脚のパタニングをしてから、5分後に腕のパタニングをするのは何故ですか」などなど。
なぜでしょうね。
答えは簡単です。私たちはこれまでに、「その他の研究所」を見たこともなければ、そういうところの人たちと話をしたこともないのです。私たちの研究所の一部をなすところではないからです。
これは、脳に障害のある子供たちのプログラムに限られたことではありません。イタリアにはグレン・ドーマン幼稚園なるものが存在します。この幼稚園の経営者が、グレン・ドーマンが「穏やかな革命」の先頭に立って、子供たちを幼稚園から解放し、世界で一番優れた教師である母親のひざの上に戻そうとしていることを知り、興味を覚えたのかも知れません。質問を受けていたなら、私たちは彼らにそう説明していたことでしょう。
しかし先方からはなんの連絡もありませんでした。
こうした生半可に研究所の名を騙る人たちがいることで、何よりも好ましくないのは、彼らの言うことは額面どおりに受け取ることはできないということでしょうか。
それどころの話ではありません。
こういうところでご両親が、自分の子供はすでに適切な脳神経的なプログラムを受けたと思い込んでしまったなら、その脳障害児は適切な脳神経プログラムの救いを得る可能性を失ってしまったことになるのです。
このような子供が、人間能力開発研究所にやってくることはありません。理由は簡単です。お母さんとお父さんからの予約申し込みがまったくないということなのです。すでにどこか他のところで与えられたプログラムを、研究所のプログラムだと思い込んでいる人が、予約の申し込みをしてくる訳がありません。
研究所の本や教材を巧妙に書き換え、誰が見ても人間能力開発研究所のものだと思っても無理がないほどにできあがっている本やビッツのことを考えてみてください。
私たちがあらゆることを説明し、あらゆることをしているときに、新聞や雑誌の水で薄めたような内容の記事は、どんな害を及ぼすでしょうか。
この世が始まって以来、新しいアイディア、現状を変えようという提案、あるいは何かを改善しようという歩みは、いつの場合も何らかの抵抗を受けてきました。ときには激しい抵抗もありました。
新しいアイディアが出るたびに、それは、現状が変わることに対する熾烈な抵抗という試練を受けねばなりませんでした。時間という試練に耐えねばならないのです。私たちは、長い目でみて、すべてを克服して真実が広がってゆくことを信じたいと思います。
攻撃されることはつらいことですが、それによって強いものはより強くなり、勇敢なものがより勇敢になっていくのです。
しかし攻撃は最初の試練にすぎません。破壊性を有するものは、攻撃だけではないのです。新しいアイディアが受け入れられると、今度は、知識もなく、何のトレーニングも受けないままにそれを利用しようとする人々が出てくるという、2番目の試練に出遭うことになります。
何十年も何百年もかけて作られることもあるプログラムは、それだけの力をもたない人や、トレーニングを受けていない人々が教えることのできるものではないのです。ものまねをする人々は、勝手に利用したものに「改善」と称して手を加える傾向があります。そうなると、きちんと理解されないまま、手軽に安物が作られることになるのは、まず間違いのないところです。テクニックだけを安易に取り入れたものは、時間という試練に耐えられません。
基盤となる考え方と原理を完全に理解せずにテクニックを利用しても、効果があがらないのは明らかです。
このようにして使われたテクニックが役に立たないならば、プログラムをしても価値がないということになってしまいます。
障害児に対してにせもののプログラムをおこなって、進歩が見られず、完全に失敗に終わるというのは、こういう理由があるからなのです。誠意ある献身的な両親は、「研究所のプログラム」をおこなっていると信じて努力したのに、うまくいかなかったということになってしまいます。これは悲劇です。子供にとっても悲劇ですし、このように失敗すれば、傷ついた子供たちを助けることはできないのだという通念を裏付けてしまうことになり、障害をもつあらゆる子供たち全員にとっての悲劇となるのです。
例えば日本では、「研究所のプログラム」をおこなっているあるセンターには、政府から数千万円の補助金が出ていたと言われます。しかし、こちらの研究所にやってきてトレーニングを受けたことのある人は、このセンターには一人もいなかったのです。フィラデルフィアに行って、研究所のプログラムを受けたいから助けてほしいという家族がいても、政府は、すでに日本でも研究所のプログラムが受けられるように補助しているからという理由で拒否したのです。
しかし最近になって私は、成果があがっていないためにそのセンターが閉鎖されたという記事を読みました。センターとそこにかかわっていた人々は、私たちの名前を利用して、脳障害児を助けることはできないと証明してしまったのです。誰かを助けるということについてなら、いつでも真正面から攻撃してきたらいいではありませんか。
世間には、母親が子供に教えることや、子供たちがもっと賢く、もっと能力のある人間になるという考え方に恐れを抱く人々がいますが、その一方では、この考え方をもとにして大金を儲けている人々がいるのです。「ビッツ」と称する値段の安い教材について、オリジナルであると同時に研究所と関連したものであると派手に謳った、内容の薄い説明のついたカタログがお母さんたちのもとに送り付けられています。それらのカタログは、研究所の息がかかったものだということを暗にほのめかしています。それはとりもなおさず、何百万人というお母さんたちが研究所に信頼を寄せていることを、偽物作りたちが知っているということにもなるのです。オリジナルを装うということは、研究所の教材を何から何まで盗んだということになるのです。
このようにして収入を得るのは、金銭を盗んだと同じことです。それも、重い脳障害のある子供たちの治療をおこなっている非営利の組織から盗んだのだと私は言いたいのです。これらの盗人たちが懐に入れているお金が、傷ついた子供たちの為に使われていれば、端数の1セントに至るまで、彼らがより速くより良いかたちで健常への道を歩む助けになっている筈なのです。
攻撃は不愉快ですが、攻撃を受けている人々の精神をより強くし、お互いの結びつきをより強いものにします。しかし詐欺師たち、そして盗人たちは、優れた価値のあるものを破壊するにあたっては、直接的な攻撃よりもはるかに大きな力をもっています。もし詐欺師たちが、研究所のものに変更を加えたり、分別のないことをしたりするのを許してしまうならば、私たちがプログラムと呼んでいるものは姿を消すことになるでしょう。
プログラムを水で薄めたり、品位を落とすのは実に簡単なことです。原理と考え方の原型をしっかりと保つには、力と不断の努力が要求されます。
その原理を学ぶために、世界各地からご両親がこの研究所に集まってきます。そしてその原理が成果を生み出していることが、繰り返し裏付けられています。
障害のある子供も健常な子供も含めて、子供たちを犠牲にして手軽に利益をあげようとしている人々が成功を収めないようにすることが、私たちの任務です。
もしこれが、私たちのもとにある子供たちの命にかかわることでなかったら、私たちを攻撃するのがよいか、それとも私たちの仕事をまねしたり、寄生虫のようにたかっているのがよいだろうかと決めかねて、混乱したりうろうろしている人々を、のんびりと見物して面白がっていることもできるでしょう。
しかしこれは、子供たちの命にかかわることなのです。
裏の意味のある甘い言葉と、背中につきつけられたナイフとの間には、大きな違いがあるのです。
その違いを見極め、強く対処することは、私たち全員の責務です。私たちがそれをしなかったら、犠牲となって代償を支払うのは、子供たちなのですから。
人間能力開発研究所所長
ジャネット・ドーマン