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子どもたちのサクセスストーリー

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戦いの場

 

 人間能力開発研究所を訪れた人が最初に感じる強い印象のひとつは、構内のそこここに見られる国際的な雰囲気です。研究所の入り口の門の左右に延びる石塀に沿って、30カ国の国旗がはためいています。

 旗が立っている様子は、まるで国連のようです。ある意味では、この研究所ほど各国の絆が強く感じられるところはないでしょう。しかしまたある意味では、この研究所ほど、どこの国から来たのかということがそれほどの重要性をもたないところも、他にはないと言えるのかもしれません。

 新しいスタッフが研究所のチームに加わると、その人はすぐに、自分の出身国へのこだわりを捨て、世界市民であることを自覚します。”世界市民”という理念は、”グローバル・ビレッジ(地球村)”という概念と並んで、頻繁に耳にします。しかし、人間能力開発研究所では、これらは理念でも概念でもなく、毎日の現実なのです。出身国へのこだわりを脱ぎ捨て、その代わりに世界全体に目を向けた深い責任感を身にまとうことができるかどうか、これは研究所のスタッフ候補生が本物のスタッフになり得るか否かの重要な分岐点なのです。

 地球上で人間が住んでいるあらゆる大陸のほとんどすべての国々から、たくさんのご両親が、研究所までたどりつきました。20年ほど前、世界で最も抑圧的な政治体制にあった国のひとつであるルーマニアから、夫に先立たれたひとりのお母さんが、15歳になる最重度の脳障害児を連れてやってきたとき、私たちはその決意に驚嘆の気持ちを覚えました。このお母さんは、1度ならず何回も、”鉄のカーテン”を通り抜けたのです。英語の話せず、ほとんどのお金もなく、いったん国へ帰ったら研究所と連絡をとる手だてももたないまま、このお母さんは、それまでは手に持ったヒモであそずだけの人生を過ごしていた”自閉症”の息子を、読める、書ける、ピアノが弾ける、話せる、そして完全に身辺自立した青年にしたのです。

 また、昏睡状態にある娘が横になれるようにと、飛行機の座席を4席予約してフィラデルフィアまでやってきたイタリアのご両親もありました。この家族の住む小さなイタリアの町の人々が、毎回、莫大な航空運賃のための募金をしてくれたのです。

 脳障害のわが子のために、6カ月ごとに地球を半周してやってくる日本のご両親のことも忘れるわけにはいきません。

 そのほとんどは、裕福とは言いがたい人々です。それどころか、研究所にやってくる家族はたいてい、楽な生活をしているとは言えない中流や労働者クラスに属するというのが事実です。障害児をもつ前にも、すでに生活の苦労があった人々ですが、自分の子どもに何か問題があることに気がついたとき、何とかしたいと思ってその子をフィラデルフィアまで何回も連れてくるだけの決意と力を発揮することができる人々なのです。

 私たちを世界市民にしてくれるのは、こういう人々なのです。

 この人々は、フィラデルフィアまでたどりつく前に、傷ついた子どもに対する答えを求めて、国の内外を探し歩いているのです。そうするなかでこの人々は、脳障害児の生命の価値を尊重しない人々や、自分たちのな怠惰を認めないうえに、障害のある子どもはどこかへ閉じ込めて忘れてしまえばよいなどという人々によって、傷つけられることもしばしばでした。

 望みはありませんよ、という偽りのことばで、怒りをさらに強めたご両親は、必死で道を探してここまでやってくるのです。やっと到着したご家族は、そういう人たちとの小競り合いに疲れ、戦いの傷痕を残したままですが、自分の子どもの脳障害を打ち破る戦いの兵士になるという決意は変わっていません。

 こういうご両親がここから持ち帰るのは、プログラムというよりも戦略と言ったほうが適切かもしれません。偶然できた戦略ではなく、目的をもった戦略です。これは彼らが自ら参加する戦いであり、勝利を収めるべき戦いなのです。どんな親でもこのことを知っていますし、研究所のスタッフも全員が知っていることです。

 こうして戦線が引かれます。研究所から自分の国へ帰ったそれぞれの親御さんは、毎日この戦いに身を投じます。毎朝、さあ今日も戦うぞ、といって目を覚まし、毎晩、その日に獲得した勝利を点検するのです。6カ月毎にご両親は戦いの指令本部を訪れ、私たちはご両親と一緒に、戦果を検討し、新しい戦略をたてるのです。

 こういう人々は、どうやってそれをこなすのでしょうか。

 彼らは、やらないよりもやる方がたやすいと言います。しかし、やっているうちに彼らは、こうした戦略や戦線がどのようにして、自分の人生や家族の人生を明快に形作っていくかを学ぶのです。この人々は、傷ついた者がそのまま戦場に取り残されることがないように一丸となるということの意味を、家族は理解すると言います。これから何年も経ってからこの戦いを振り返ってみれば、きっとこれが人生最良の時間であったことが分かるだろうと思っている賢い家族がたくさんいるのです。

 私たちがとてもとても賢くて、しかるべき正しい答えをすべてもっていたら、そしてご両親の方も、とてもとても頑張ったなら、私たちは戦いに勝利を収めるのです。1973年の「イン・リポート」創刊号以来、ほとんどどの号にヴィクトリーが発表されています。実は「イン・リポート」はそのためにあるものなのですから。

 でも時には、家族やスタッフがヘラクレスのごとき努力を注いでも、戦いに勝てないこともあります。そんなとき、いったん手を引いて、傷ついた子どものためのより優れた解決策が兵器庫に入ってくるのを待つことにする家族もありますし、決して引かずに、何があろうとも戦いを続ける家族もあります。

 こうして地球の隅々から、研究所へやってくる家族が途絶えることはありません。それだけの余裕がなくても、費用のことなどかまっていられないのです。

 英語を話さない人々もたくさんいますが、それでもこの人たちは私たちの言うことすべて理解します。

 彼らは平和を愛していますが、ここへ来るのは戦いのためなのです。

 メキシコから、ブラジルから、イタリアから、日本から、ベルギー、フランス、モロッコ、イングランド、マレーシア、ナイジェリア、カナダ、ポーランド、ノルウェイ、スコットランドからやってきます。

 どこから来るかは問題ではありません。戦うべき戦いがあり、従事すべき戦いがあるならば、戦線に国境はありません。子どもの命が天秤にかけられているならば、言語や習慣や文化がどうであれ、男も女も子どもも、ひとつになるのです。

 すべての国々がいつの日かひとつにまとまるという希望を土台として国連が存在します。人間能力開発研究所では、この希望とはとうの昔に現実のものとなりました。その現実に到達して、国の違いなどというものは完全に姿を消し、ひとつの戦いの場で結ばれ、1回に1人ずつの子どものための戦いに勝利を収める”人間家族”となりました。

人間能力開発研究所所長

ジャネット・ドーマン