子どもたちのサクセスストーリー

それぞれの写真をクリックしてご覧いただけます。

Search

ヴィンセンテ・ホスィエ

 

 1989年8月21日、コロンビア、ボゴタ生まれ。予定日より3週間早く生まれ、体重は5ポンド(2300グラム弱)に届きませんでした。食も細く、よく吐きました。生後2ヵ月のとき、授乳のあとそれが喉につかえ、ベビーベッドのなかでチアノーゼをおこしているところを発見されました。以後、ベビーベッドは斜めにおかれるようになり、さらに胃からの逆流をおさえるための薬をのみはじめました。

 赤ちゃんのころヴィンセンテは、泣いてばかりいましたし、よく眠れませんでした。歩き始めたころ、特定の音には必要以上に敏感ないっぽう、普通ならば聞こえるはずの音がしっかり聞こえていないような様子がありました。また、さわられることにも非常に過敏で、抱きしめられたり、髪の毛にブラシをかけられたりすることを拒みました。服を着せようとすると怒り、不愉快な感触のものを着るよりも、裸でいたがることもしばしばでした。

 4歳で幼稚園に入りましたが、集中力がなく、また、ほかの子供たちと同じように指示にしたがうことができませんでした。幼稚園の先生からは、読書障害、支離滅裂、全体的に遅れがあると言われました。

 ヴィンセンテが5歳の誕生日を迎える直前に生まれた弟は、かなりの未熟児で、脳卒中を起こしていました。この赤ちゃんを助ける方法を探し求めていたご両親は、人間能力開発研究所をみつけ、十分な機能を発揮できる人生を送るために必要な脳神経的な発達を達成させたいと願いました。「あなたの脳障害児になにをしたらよいか」のコースに参加したホスィエさんご夫妻は、ヴィンセンテの弟のための集中プログラムを始めました。しかし、そのうちにヴィンセンテにも何かしてやらねばならないことが、ますますはっきりとしてきたのです。

 ホスィエさんは、次のように書いています。「あなたの脳障害児になにをしたらよいかコースを受けて、私たちは、二人の息子について多くのことを学びました。幼稚園のころからヴィンセンテは助けを必要としていることがわかっていました。1年生になって2週間たったとき、私たちは先生から、ヴィンセンテはあまりにも幼いので、学校でうまくやっていくには奇跡を願うしかないと言われました。つまり、何をやってもどうしようもないということでした。ヴィンセンテは、まったく注意力のない子供で、学習障害児のための特殊学校に行くべきだと先生は考えていたのです。そして1学年低いクラスに移されました。ヴィンセンテは、なぜ友だちと別れなければならないのか、自分の何が悪かったのかと思って、みじめな気持ちになっていました。彼はとても心の優しい、賢い、感受性の豊かな少年なのに、みじめで、学校から拒否され、友人を失い、自分を信じることができず、学ぶことに楽しみを感じられない子供なのです。何とかヴィンセンテに手を貸して、幸せな人間になってほしいのです」

 1997年3月に初めて研究所で評価を受けたとき、ヴィンセンテは、外斜視のある目を交互に使ってものを見ていました。両方の目を収束させて使うのは、本を読んだりボールを受け取ったりするときだけで、全体の50%ほどでした。読むスピードは非常に遅く、基本的な算数の概念もあまり理解できていませんでし た。両親の助けがなければ指示にしたがうこともむずかしく、気持ちや気分には、かなりむらがありました。ストレスを感じやすく、すぐに支離滅裂になりました。指示にしたがうことがむずかしいので、スポーツはしたがらない、とご両親は報告しています。自分の考えをはっきり表わすことがむずかしく、言いたいことと反対のことが口から出てしまったり、言いたい言葉がみつからないこともしばしばでした。文字を裏返しに書くこともよくありました。ボールを蹴ったり、 片足とびをするとき、どちらの足を使うか判断するのもむずかしいことでした。脳の優勢半球が確立していなかったのです。このときの研究所の診断は、中度、 拡散、両側、主に大脳皮質の脳障害でした。

 研究所スタッフは、ヴィンセンテが家庭で集中的におこなうための脳神経編成プログラムを作成しました。内容は、酸素量強化、腹ばい、高ばい、ランニング、ブレキエーション、重力から解放する環境のプログラム、優勢側確立のためのプログラム、知性のプログラム、優れた栄養のプログラムなどでした。

 6ヵ月後、再び研究所を訪れたヴィンセンテは、大きな進歩をみせていました。年齢レベルの市販の本を楽しんで読んでいましたし、文字や単語を裏返しに書くこともなくなっていました。数字の裏返しもなくなっていましたので、 初めて算数を楽しめるようになりました。ボールを受け止めたり、バットで打つこともできるようになりました。友だちが言うには、ヴィンセンテはチームでいちばん走るのが速いとのことです。考えていることを口で言い表すことにも、もう問題ははくなりました。

 ヴィンセンテは同年齢の子 供に混ざって学校に戻るべきだということに、スタッフと両親は同意しました。酸素量強化、知性面のプログラム、ランニングとブレキエーション、社会的成長のプログラム、しっかりした栄養のプログラムなど、家庭でのプログラムも引き続きおこなうことになりました。集中プログラムを始めて1年で、ヴィンセンテは本格的に学校に復帰しました。知性面でも、運動面でも、社会面でも優秀な子供になったのです。