
だれでも、知り合いのなかに何らかの問題のある子供をもつ人がいるでしょう。学習障害といわれる子供をもつご両親は、必死になって情報を求めています。自分の子供に学習障害があるために、私たちの研究所に連絡をしてくる親御さんの質問のほとんどは、私たちがそれまでに何回も繰り返して耳にしてきた質問と同じです。このような子供をもつ方々に、脳と、脳に働きかけるもっとも有効な手段について、より多くの情報をさしあげたいと思いますので、よく投げかけられる質問のなかからいくつかを選んでご紹介します。
私の息子には「多動」「学習障害」「平均以上だが読めない」など、あらゆるレッテルが貼られました。私は混乱しています。すばらしい子供なのに、問題が多いこともたしかです。これはどういうことでしょうか。
脳障害児には、その症状によって、文字どおり何百というレッテルが貼られるのですが、それらは子供たちの抱える問題の原因を表したものではないのです。治療法を検討するときも、症状に目が向けられているため、問題の解決にはつながりません。これらはすべて、脳障害による症状なのです。健康な脳に、軽度ある いは中度の傷害が及んだとき、その結果として、軽度から重度の学習障害が生ずることがあります。これは脳神経的な問題であって、脳そのものに働きかける良 い脳神経治療プログラムによってのみ、解決できるものなのです。このような子供の正しい診断名は『脳障害』です。お子さんに貼られたレッテルが表しているのは、その症状にすぎないのです。
私の子供は誰からも脳障害と言われたことはありません。何回も検査を受けましたが、CTでも、遺伝学的スクリーニングでも、他の検査でも、まったく正常だと言われます。脳障害はいつ、どのようにして起こるのでしょうか。
どのような原因と経過で脳障害になったにせよ、ほとんどの場合そうした問題のために、最終的には脳へいくべき酸素が不足するという事態がおこります。妊娠 中や出産の過程で何らかの傷害を受けたり、子供のころの病気や怪我など、その原因となることはたくさんあります。学習障害のある子供の発達の経歴のなかに は、未熟児や過熟児だったたり、陣痛を抑制されたり長引かされたり、小さいときに高熱を発したり落下事故に遭ったり、ということが見られます。
その原因が、痛ましいほど明らかな場合もあれば、原因の判定が難しい(特に胎内で発生している場合)こともあります。脳のCTスキャンは、腫瘍、嚢腫、その他の大きな異常を判定するには優れた手段ですが、脳の全体像や、脳がどう機能しているかは、そこには現れてきません。CT画像が比較的正常に見えるけれ ど、非常に深刻な問題をもつ脳障害児はたくさんいます。
「脳障害」というのは、知的障害や身体障害の子供のことをいうのではありませんか。賢くて活発なのに、学校では問題になっている私の子供と、どう関係があるのですか。
脳障害はあらゆる人間にとって、程度の問題にすぎません。脳障害が重い子供であれば、知性面と身体面の両方に問題があることもあるでしょう。しかし、軽度の脳障害の子供でも、運動面での協調の問題と、学習上の問題との両方をもっていることもあります。ちがいは、単に問題の程度がかなり軽いというだけなので す。このような子供は、となりにいる子供と同じだけの能力をもっているかに見えますが、実は、同年齢の子供たちについていこうと頑張っても、同等にやって いくことが非常に困難なのです。
この重度の子供も、軽度の子供も、どちらも脳障害ですが、どちらの子供にも希望はあるのです。そしてどちらの子供にも、脳に働きかけるための効果的な脳神経プログラムが必要です。
脳に傷害が及べば、脳の発達が遅れたり、ときには停止することもありますが、刺激を与えることでその発達の速度を速めることもできますし、そうなれば健常な同年齢児に追いつくことも可能なのです。やっと発達し始めたばかりの赤ん坊から、大人になり、さらに死に至るまで、人間は脳の成長と発達を連続的に経験し続けます。その過程のスピードは人によってさまざまで、それぞれが受ける刺激がどれだけ多いか、あるいは少ないかによって異なってきます。病気や怪我によって脳が傷つけば、この連続的な過程は、どの時点からでも後戻りすることがあるのです。
私の息子は、さまざまな分野で非常に賢いのに、読むことができません。こんなことがあり得るのしょうか。どうしても納得がいかないのですが。
読むというのは学校の勉強というより、脳神経の機能です。ものを読めるということは、人間特有の能力です。人間の脳のもつ最も高度な能力のひとつです。単語と呼ばれる視覚的な記号を解読し、その意味を把握することができるのは人間だけです。また人間は、耳からきいた言葉も、それとまったく同じように解読します。単語を目で見ても、耳から聞いても、それを理解する能力は、脳の機能なのです。言葉を聞いて理解するためには、その言葉を正しく聞き取れなければなりません。書かれた言葉を読むためには、その言葉が正しく見えることが必要です。
読むのが困難なのは、視覚に問題があるからです。それは、視覚の収束の問題であることがほとんどです。読むためには、視覚を近点に収束させ、焦点を合わせる機能が安定していることが必要です。(近点とは、鼻のあたまから伸ばした腕の先端までの距離を言います。それより遠くは遠点とみなされます。)読みに問題のある子供は、近点を見るのに、両方の目を 完全に一緒に使っていないのです。
この問題の原因は、眼球自体にあるのではなく、ふたつの目に映る別々の像を正しく取り入れると いう脳の機能に問題があるのです。つまり、右目に映った像と左目に映った像とを重ね合わせてひとつの像として見るという能力です。脳に障害がなければ、右目に映った像を、左目の像と完全に重ね合わせることができる、つまり、両目を完全に収束させて、奥行きを認識することができるのです。
脳に障害が及ぶと、これがまったくできなくなったり、その能力が不安定になったりして、視覚的な混乱が生じるようになります。本のなかの単語が二重に見え たり、目に入らなかったり、ぼやけたりします。このような問題があって、苦労しながら読まねばならないような子供にとっては、本に書かれていることが意味 をなさないのです。そのため、読む速度が極度に遅くなり、その結果、何が書いてあったのかよくわからないということになります。
親や教師の目には、こういう子供は、覚えが悪くて知的レベルが低いと映ってしまいますが、実はクラスのほかの子供たちと同じくらい、あるいは彼らよりは るかに賢いことは、おおいにありうるのです。脳障害のため に視覚に問題があるというだけのことですから、視覚の問題にしっかり目を向けねばなりません。 その子にとって必要な脳神経プログラムをおこなえば、ほかの子供たちとまったく同じように文字を見ることができ、同じように読めるようになるのですから。
もし私の子供に、脳障害の結果として視覚の問題があらわれていて、そのために読むことがとても苦労しているなら、眼鏡をかける必要はないのでしょうか。
視覚の収束の問題は目にあるのではなく、脳から発しているのですから、眼鏡を使って問題が解決するわけではありません。 収束に問題のある子供に眼鏡をかけさせれば、問題がより大きくなるだけです。
私の子供は寄り目がかなりひどいのですが、手術をすればよくなるでしょうか。
斜視(内斜視、外斜視)のひどい子供は手術を勧められることが多いです。斜視切開術は、目の筋肉を切って、目を内側に引っ張ったり、外側に引っ張ったりするものです。これはまったくの対症療法で、しばらくはうまくいったかに見えますが、たいていの場合6カ月から1年で、目は手術前の状態に戻ってしまいます。なぜなら、斜視は目の筋肉の問題ではないからです。筋肉はまったく正常だったのです。
問題は、筋肉をコントロールしている脳にあるのです。私たちの研究所にくる子供のなかには、この問題を解決しようとして、目の筋肉を切り刻むこの手術を6回、あるいはそれ以上も受けたという子 供もいました。脳に存在する問題を解決するには、脳を避けて通るわけにはいきません。繰り返し脳を避けて通ろうとすれば、失敗することになりますし、そうでなくても複雑な問題をさらに悪化させることになるだけです。
視覚の問題で、この他に読みや学習の問題の原因となりうるものがありますか。
はい。いちばん多いのは収束の問題ですが、左右の利き側の問題のある子供もいます。この問題があると、読み、聴覚能力、運動、言語、手を使う能力、特に書 くことに問題が生じることがあります。脳の優勢半球は、6歳までの間に確立すべきものです。つまり、右利きか左利きかがそれまでにはっきりするということです。
左右差を見るとき、どちらの手が利き手かを見るのがいちばんはっきりします。完全な脳神経編成を達成するためには、すべての機能において優勢側が確立していなければなりません。つまり、一貫してどちらか一方の手を使うだけでなく、目、耳、脚についても利き手と同じ側が優勢でなければならないということです。手が右利きならば、目も右利きであるべきで、遠点だけでなく、もっと重要な近点についても、右目が利き目であるべきなので す。
たとえば、利き側が右なのに(手も耳も脚も)、目だけは右でなく左側を優勢に使っているということであれば、読んだり書いた りし始めたときに、問題が起こる可能性があります。単語の綴りの前後が入れ替わって、「saw」という単語が「was」と見えたりします。「d」と書こう として、何回なおされても「b」と書いてしまうこともあります。実際に「d」は「b」に、「b」は「d」に見えてしまうのですから、いつまでも同じ間違いをし続けるのです。この子を何とか助けてやりたいと思う人がどんなに忍耐強くて心優しくても、「saw」と「was」、「d」と「b」の違いすらわかって いないという誤った判断で接すれば、そのつもりは全くなくても、子供に挫折感を味わわせてしまうことになるのです。
この子の問題 は、知的なものではありません。現実的に非常に複雑な視覚の問題を抱えているのです。また、優勢側の問題が非常に大きい子供であれば、絵や字を上下逆さまに書いたり、逆方向から書いたりします。優勢側が混乱している子供は、単語を綴るのにも大変苦労します。彼らの綴った英語の単語に、母音がまったく書かれていないこともしばしばです。そうなると、両親や先生だけでなく、それを書いた子供自身にも、何が書いてあるのかわからないということになります。おかしな綴りの言葉を解読する能力が、他の子供より優れているというわけではありませんから、昨日書いたばかりのものなのに、何だかわからないのです。こういう子供は書くときに、ルースリーフの紙を裏返しにして、余白の部分を反対側にもってきて、実際に書くときにはページの幅の半分も余白をとって書いたりするこ ともあります。
こういう子供には、どちらかの側を優勢側として確立する助けとなるような脳神経プログラムが必要です。(どちらが優勢になるかは遺伝的な要素をもつものです。)優勢側を見極めることができたら、次には、身体のあらゆる部分がそちらを利き側として確立することを助ける 脳神経編成プログラムが有効です。これが成功すれば、他の子供たちと同じように簡単に、読んだり、書いたり、学んだりすることができるようになるでしょう。
娘の優勢側を確立させるために、私はどのような手助けをしてやれるでしょうか。右利きであるべきか左利きであるべきかは、どうやって判断するのですか。
私たちは85%が右利きで、左利きは15%です。どちらになるかは、両親から伝わる遺伝的要素によります。小さいときに好んで使っていた側が、そのまま後まで続く場合もありますし、小さいうちは左右がいったりきたりすることもあります。どちらかの側を使うように口をはさんだり、無理にどちらかを使わせたりせずに、まず注意深く観察することがいちばんです。もともとそうなるべき側と逆の側を使うように指導されたりすると問題が起こります。これはとくに、本来は左利きという子供の場合に多く発生する問題です。"右利きのほうが生活がしやすい"という、親や教師の誤った思い込みのために、強いて右手を使わせられ ることが往々にしてあるのです。そうなると、そのまま左手を使わせていれば起こらなかったはずの問題が発生することになります。
小さなうちから歩行器を使わせたところ、私の子供はかなり早い時期に歩くことを覚えました。この子が、おなかを床につけての腹ばいや、両手両ひざでのはいはい(高ばい)をしている姿が思い出せないくらいです。彼は1歳のお誕生日前に歩き始め、すぐにでも走り出しそうでした。以前はこれはよいことだと思っていましたが、今はよくわからなくなりました。
どんな子供でも、発達期初期の腹ばいと高ばいは、脳神経の成長のためには欠 かすことのできないたいせつな 要素です。この段階は、その後の運動面の協調とバランスの基盤のできる時期であると同時に、腹ばいや高ばいは視覚の収束を促し、奥行きの認識能力をつくり だします。胎内ですでに酸素不足の状態を経験してきた子供は、腹ばいや高ばいをするチャンスを十分に与えられなかったり、与えられたチャンスを十分に活用 できなかったりすることがあります。腹ばいをする代わりに横転がりで移動したり、高ばいの代わりに座ったままお尻を引きずって動き回ったりする子供もいます。それは、より高度な機能を発揮するだけの動き協調機能がないからなのです。8歳、10歳、15歳といった年齢で、読みや学習に問題がある子供の機能を 評価してみると、歩いたり走ったりは十分にできるのに、腹ばいや高ばいが正しいかたちでできていないことがあります。おどろいたことに、こうした年齢の子供たちのなかには、腹ばいのしかたをまったく知らないという子供もいるのです。
私の息子が、小さいころに腹ばいや高ばいをしなかった、あるいはそれらが十分ではなかったことが、現在の学習能力の問題の原因のひとつだとわかったら、私はいま彼にしてやれることがあるでしょうか。
腹ばいと高ばいです。幸運なことに、脳という器官は、発達の過程で抜けていた重要な段階へ戻って、あとからその部分を埋めてやることができるようになって います。過去40年間に、何千人という学齢期の子供たちが、腹ばいと高ばいをもう一度おこなうという経験をしました。彼らは、膝あてと、"頑張ってよくな ろう"という決意に支えられて、何キロもの腹ばいと高ばいをしました。これによって彼らは、視覚の収束と優勢側を確立していったのです。こうして読みの能 力を劇的に向上させた子供も少なくありません。書くことについても同様です。協調、バランス、言語、手の機能にも、同じように大幅な変化が見られることがしばしばでした。
うちの息子は学校で、学習と行動に問題があると言われ、そのための薬を勧められています。親である私たちは薬だけは避たいと思っています。薬を服用しないですむ方法があるでしょうか。
学習の問題のための治療薬というのはありません。トランキライザー、アンフェタミン、向精神薬などは、脳障害の子供には、まったく不適切です。この種の薬は、中枢神経系に好ましくない影響を及ぼします。学習に問題のある子供が必要としているのは、薬ではなく、適切な脳神経プログラムです。
適切な脳神経プログラムは、発達の過程で抜けていたり十分でなかった段階を使うチャンスを与えること、食生活から砂糖や合成保存料などを排除すること、水分 摂取量を注意深く管理すること、脳への酸素の供給量を増やすテクニック、および、適切でやりがいのある読み書き、数学、一般知識などのプログラムから成る知性のプログラムなどで構成されます。
私の子供は多動です。先日、多動症候群(注意力欠陥)と診断されました。どういう意味でしょう。
じつは子供の発達段階の初期においては、多動というのは正常な現象なのです。2歳から3歳の子供は多動であるのが自然なのです。しかし6歳、10歳、15歳という年齢になっても、行動が2-3歳児と同じレベルであれば、正常とは言えません。注意力欠陥障害(ADD)というのは、多動な子供について使われるようになった新しい名前です。どちらも、脳障害の症状を表した言葉にすぎません。
こうした子供の多くに、脳の機能を抑制するアンフェタミンが処方されているのは悲劇といってよいでしょう。薬の服用によって、多動は抑えられますが、そこでは大きな代償が支払われているのです。子供に 多動があらわれたということは、脳神経の問題に働きかけねばならないという信号なのです。薬を飲ませるという、その場しのぎの処置が求められているわけではないのです。特殊教育という退屈でプライドを傷つけられるような環境におかれるまで待っていたり、何年ものあいだ必死になってクラスの一番しっぽにしが みついている状態を続けるよりも、できるだけ早い時期に問題の処理に着手するほうが、ことはずっと簡単で、子供にとっても親切なことなのです。先へ先へと延ばしてしまえば、子供が処理すべき問題はふたつになります。つまり、脳神経の問題と、何年もの間、「お前は怠け者だ、頭がおかしい、バカだ」といわんばかりの扱いを受けるという問題です。
人間能力開発研究所所長
ジャネット・ドーマン
知性面を優秀にするための研究部門ディレクター
スーザン・エイセン