
「答えを与えてくれるところ」
「あなたの脳障害児になにをしたらよいか」のコースとレクチャーシリーズプログラムで得た重要な情報を実践して、自分の子どもを助けたお母さんがいます。お母さんは、息子が成功を収めるためには、食事と栄養が重要性であることを改めて認識しました。
私はプロフェッショナル・マザーです。10歳になるアマンダと、7歳のクレイトンという二人の素敵な子どもがいます。私は人間能力開発研究所のレクチャーシリーズⅣまで受講しました。これは7歳の息子のためです。研究所の集中プログラムをおこなってはいませんが、私はクレイトンがどういう状態にあるのか、何が問題なのか、どうすればよくなるか、そういうことをもっと知りたくてレクチャーシリーズに参加しています。
私は1996年の春に「赤ちゃんの知性を何倍にもするには」のコースを受講しましたが、もしこのコースを受けていなかったら、息子になにをしたらよいかわからないでいたことでしょう。息子が誕生して2日後、家に戻ってきたとき、私は彼が普通ではないことに気づきました。普通の赤ちゃんはこんなに猛烈に泣き叫んだりはしない、と思ったのです。おしめが濡れただけで、体の色が青黒くなるほど泣き叫ぶのです。おしめが濡れるたび泣き叫ぶということが数週間続き、私は、息子が非常に過敏だとわかりました。小児科の医師にそれを伝えると、医師の答えはこうでした。「青黒くなったあとは、気を失うだけです。そのあと意識を取り戻しますよ。」医師は、クレイトンが非常に過敏だとも言いましたが、どうしたらよいのかは教えてもらえませんでした。
問題はこれだけでは終わらないことも私にはわかっていました。実は、赤ん坊が生まれそうになったとき、産科の看護師がまだ来ていなかったため、いきむのをやめるように言われたのです。「赤ちゃんをとりあげるのに最適なのは、その場にいる人」というのが研究所の考え方です。出産の途中で頭に圧力がかかり、クレイトンの頭の右後方が盛り上がってしまいましたが、医師は、これが正常に戻るには12週間ほどかかると言いました。
生後2ヵ月になったクレイトンは、発作性の激しい腹痛に苦しむようになりました。親としては思い出したくもない時期でした。ただ、この問題は、クレイトンの父親にとっても初めてのことではありませんでした。娘にも同じようなことがあったからです。しかしクレイトンの場合は異常でした。何週間ものあいだ、毎晩激しく、長時間泣きました。あまりにも激しく泣くので、外に連れ出したこともしょっちゅうでした。(田舎に住んでいましたので。)このような子どもを、夜中に車に乗せて走るという親御さんもいます。しかしクレイトンは車に乗ることに恐怖感をもっていました。車のシートに10分もいようものなら、ますます激しく泣き、しまいには吐くのです。私は再びクレイトンを医師のところに連れて行きましたが、この激しい腹痛に関する答えは得られませんでした。さらにその後、クレイトンには、喘息と気管支炎の診断が下されました。
時が経つにつれて、腹痛発作は徐々に消えていきましたが、今度は別の問題が出始めました。口の周りの発疹です。アレルギーの専門医は、これを周期性皮膚炎と診断し、処方された塗り薬が効いたようでした。次は帯状疱疹です。また、瞳の大きさが左右違っていたため、目の検査もおこないました。私が研究所のコースから得た知識によれば、これは頭蓋内の圧力が高いことによるものでした。
その後クレイトンの状態は落ち着いたかに見えました。よく言えば息子は「元気すぎる」子どもでした。とにかく片時もじっとしていない子どもで、大騒ぎになることもありました。食事中も椅子にじっと座っていられず、座れば転げ落ちる、という状態でした。
姉のほうにピーナツのアレルギーがあったので、クレイトンにも3歳前にピーナツアレルギーの検査を受けさせました。結果は、強度のピーナツアレルギーと出ました。ピーナツも、ピーナツを使ったものも、一切食べられないことになりました。
3歳になったクレイトンは、普通の子どもとは違っていました。どこがどう違っていたのか、正確に指摘することは難しいのですが、とにかく違うのです。音に対して非常に過敏でしたし、服の材質もほとんどが不快なようでした。落ち着きがない、乱暴、忘れっぽい、ぎこちない、むずかる。このほか、状況が変わることも彼には耐えられないことでした。寝室の何かが変わったり、いつも決まっておこなっていることが変更されたり、予期せぬことが起こったりすることをとても嫌いました。いつも憂鬱そうで、陰気でした。しょっちゅう姉に噛み付いたり叩いたりしました。こうした彼の行動のため、家族はいつも緊張していました。
家族で何かしようというときも、私はクレイトンと一緒に留守番でした。彼が一緒だと、何もかもぶち壊しになるからです。泣き出せば何時間でも泣いていました。人に触られたり抱かれたりすることも拒否しました。触られると痛い、と彼は言いました。
この子と話をしたり、一緒にいることはできない、と思うことはしょっちゅうでした。大きな声で話しかけても、クレイトンには私の声が聞こえていないようだ、と思うこともよくありました。
もちろん聴力検査もしましたが、結果は正常と出ました。心ここにあらず、といった感じのときもよくありました。目には生気がなく、しょっちゅうよだれをたらしていました。私は途方に暮れていました。なぜこうなのか、まったく理解できなかったのです。彼の行動と並んで私の精神状態も悪くなる一方でした。クレイトンは、学校でも極端な落ちこぼれでした。
私は、次の学年ではクレイトンをモンテッソリ・スクールに転校させようと考えていました。しかし、私たちの目に見えないところで、クレイトンは階段を転げ落ちていくように大きな問題を起こしていたのです。担任の先生からはしょっちゅう連絡があって注意されました。例えば、授業中椅子に座っていない、話を聞いていない、やらねばならないことをしないといったことのほかにも、邪魔をするのでクラスの子どもたちの勉強の妨げになる、などでした。家で注意しても、まったくの無駄でした。クレイトン自身は、ちゃんとするようにがんばる、とは言うのですが、改善される様子はまったく見られませんでした。
学校での困った行動は、ひどくなる一方でした。教材を壊す、女の子の足に噛み付く、しまってある女の子の服におしっこをかける、といった行動もありました。手に負えない悪化の一途でした。校長先生からは、児童心理学の専門家の検査を受ける必要がある、と言われました。校長先生が推薦する児童心理学者は、校長先生自身の子どもを救ってくれた素晴らしい人物だ、ということでした。奇跡を起こしてくれる人だと言うのです。私は、希望をもちながらも、懐疑的な気持ちでした。
検査の予約を取りました。2002年の10月に、3回の検査を受けることとなりました。全部終わるのに、2、3週間かかりました。その間、その心理学者が、クレイトンの状況を理解する助けになるからと言って、ある本を紹介してくれました。その本を読み進むうち、私は怒りがこみあげてきました。ADD(注意欠陥障害)とADHD(注意欠陥多動障害)の子どもにはリタリンがよく効くということしか書いていなかったからです。あなたの息子もいまにこうなりますよ、と言われているようなものでした。私は、クレイトンの父親に、彼にリタリンを与えることを拒否したことや、心理学者は息子の問題を解決しようと思っているわけではなく、問題ふたをして見えなくしようとしているだけだということを伝えました。本当に子どもを助けたいなら、問題の原因を突き止めようとするはずです。
この児童心理学者による最後の「治療」で、なにを言われるか、私にはもうわかっていました。「息子さんはADDです。リタリンを飲みなさい。」その通りでした。私の予測とひとつ違っていたのは、ADHDという診断が付け加えられたことでした。私は次々と質問をしましたが、欲しかった答えはひとつも得られませんでした。私は並みの親ではないんだ、子どものことを心配するプロフェッショナルな親なんだ、そう思いました。人間能力開発研究所を知ったからこそ、私はそう思うことができたのです。
私は、この治療を認めることはできず、息子に薬を飲ませるつもりはないことを心理学者に伝えました。彼は私に向かって、あなたは何もわかっていない、と声を荒げました。学校の先生も、クレイトンにリタリンを飲ませろと迫るに違いない、とも言いました。私は失望のうちに心理学者のもとを離れましたが、決意を固めていました。なんとしてもクレイトンの問題の原因を探し出そう、そして適切な治療を受けさせよう、と。心理学者は激怒しました。
その後すぐに私は人間能力開発研究所に電話をかけ、コースの登録を担当しているハリエット・ピンスカーと話をすることができました。2002年12月の「あなたの脳障害児になにをしたらよいか」のコースの受講申込のための電話でした。申込をすませた私にハリエットは、クレイトンの食生活から、精製した砂糖、アイスクリーム、人工着色料などを除去するようにアドバイスしてくれました。私はついに、希望を与えてくれる人、手を差し伸べてくれる場所を見つけたのです。
フィラデルフィアに到着した私は、息子の状況を理解するために、学べるものはひとつ残さず学ぼうと決意していました。研究所に足を踏み入れたとき、私は温かさと思いやりを感じ、ここは安全なところだ、希望を与えてくれるところだ、と感じました。コースに参加していたほかのご両親を観察してみました。世界各地から集まっていました。非常に重い脳障害のある子どもの親御さんもいました。この人たちも、これまでに誰も教えてくれなかったことを知りたくて、最後に頼れるのはここだ、と思ってきているに違いないのです。
私だけでなく、受講者全員、ひとことも逃すまいと、熱心に講義を聴いていました。私の隣に座っていた女性は、リーランド・グリーン医師のもとで仕事をしたことがある、と言いました。グリーン先生は、研究所の医学部門のスタッフです。その女性は、グリーン先生は優れたアレルギーの専門家で、先生のおこなう代替治療はとても効果がある、と教えてくれました。
講義の合間の休憩時間には、スタッフが質問に答えてくれました。私はグリーン先生をつかまえて、クレイトンのこと、とくに最近の行動についていろいろと質問をしました。グリーン先生は、クレイトンの脳はアレルギーがあって、化学物質に対する過敏があるのではないかと心配してくださいました。そのためになにをおこなったらよいか、いろいろとアドバイスをいただきました。どんな検査を受けたらよいか、家庭環境から化学物質を排除すること、カーペットは使わないこと、食生活を変えることなどのほか、息子がなぜこういう状態にあるのかを理解するためにどんな本を読んだらよいかまで、アドバイスしてくださいました。ずっと私と一緒にいてください、とグリーン先生のシャツの襟をつかんで引き止めておきたいくらいでした。やっと息子を助けるための知識が得られるところにたどりついた、と確信したからです。グリーン先生とは何時間でも話していたいと思いましたが、それは無理なことでした。でも、先生への感謝は一生忘れません。
また、研究所の医学部門の責任者であるコラリー・トンプソン先生も、息子のようなタイプの子どもたちに関するさまざまな知識をくださいました。そのひとつは、食生活からグルテンとカゼインを除去することでした。その後私は、グルテンとカゼインについて、さらに調べました。トンプソン先生にも、本当に感謝しています。
私は、こうした知識を得て、興奮して家に帰りました。プログラムに賛成していなかった夫は、私たちを残して家を出て行きました。私の家族は、アマンダとクレイトンだけになりました。
クレイトンの問題は、後部大脳皮質中脳障害であるとわかりました。このような子どもたちに関する人間能力開発研究所のプログラムが効果を挙げていることも知りました。腹ばい、高ばい、マスキング、一過性聴覚刺激(TEAS)、ローテーション・ダイエット、その他さまざまな検査やプログラムが、子どもたちの状況を改善する効果を挙げているのです。私は娘にもクレイトンのことを正しく理解して欲しいと思って、こうしたことを話して聞かせました。現在では、クレイトンの行動がいつもと違うときには、弟は何かいけないものを食べたのではないか、と言うようになりました。
いま私は、ひとりの母親として、レクチャーシリーズに参加しています。より多くを学んで、自分自身と子どもたちの人生をよりよいものにしたいからです。今クレイトンは、普通校の1年生です。とても朗らかで健康な子どもです。

問題を起こすこともありますが、そういうときはたいてい、食べてはいけないものを食べたときです。以前のように大泣きすることもありませんし、人に優しく、親切で、心遣いのできる子どもです。夜もよく眠れるようになり、集中力も増し、食事中もずっと椅子に座っていられます。ぎこちない動きもなくなり、自転車、ローラーブレード、ランニング、ウォーキング、テニス、ボーリング、水泳など、いろいろな運動を楽しんでいます。空手のレッスンを受け、宗教の教室にも通っています。ボーイスカウトにも入り、カブスカウトとして、キャンプやその他のボーイスカウトの活動を楽しみにしています。人と話をするのが大好きで、堂々と自分の意見を述べることができます。他の子どもたちとも非常にうまくいっています。
誕生日には、クラスの友人たちが、クレイトンについていろいろなことを書いたカードをくれました。
クレイトンへ:
お誕生日おめでとう!
クレイトンは親切。クレイトンはおもしろい。クレイトンは僕のともだち。いつもにこにこしている。
目がすてきだ。いろんなものを貸してくれる。クレイトンは僕のベストフレンド。かっこいい。レゴがじょうずだ。カービー(ゲーム)を教えてくれた。
クレイトンはわたしに親切。なんでもうまい。よいともだちだ。かっこよくて変なものをもっている。(アレルギー用の緊急手当てセットのこと)
僕はクレイトンが好き。お行儀がいい。クレイトンって変なヤツ。
研究所で得た知識によって、刺激薬やその他の薬を使わずに、クレイトンは比較的短い期間で劇的な変化を遂げました。アレルギーに関しては、食生活でしっかりと管理し、栄養のプログラムやその他の治療もおこないました。一過性聴覚刺激のプログラムも始めようと思っています。小児科の医師のもとで、マスキングも始める予定です。私は研究所が作成した「健常への道」のブックレットを、クレイトンの父親に送りました。私がクレイトンにおこなっているプログラムを理解してもらいたいからです。
最近の私たちの家庭は、より快適で、落ち着いて、静かな場所になりました。これもひとえに、研究所のおかげです。人間能力開発研究所の皆様に、心から感謝の気持ちをお伝えいたします。
プロフェッショナル・マザー
レティシア・ラミレス・スレイド