
文明は進歩し、その進歩は続いています。その文明は、平行した二本の道を通っていきますが、ほとんどの場合その二本の道の間には関連がなく、相反するものであることもしばしばです。
二本の道のうち一本は、サーチャー(探求者、サーチする人)たちの通る道です。
サーチャーというのは、ある問題に深い関心をもち、その結果に、あるいは結果が出なかったことに大きな不安を感じる人々であるのが普通です。さらに、自分がかかわりをもっている分野で仕事をしている人々が、世の中に害を及ぼしているのではないかと心配する心をもった人々です。
だからサーチャーは、その分野の「アウトサイダー(部外者)」とみなされてしまうことが多いのです。このような「アウトサイダー」が、新しい発見をすることは多いのですが、アウトサイダーだからこそできることだ、と言うほうが正しいかもしれません。人間にはできないこともある、という考え方を受け付けない人々なのですから。
レイモンド・ダートとライナス・ポーリングは、自らを興味深い立場においていました。レイモンド・ダートはアウトサイダーでした。医師でありながら、病気とは関係のない分野にいたからです。ライナス・ポーリングもアウトサイダーでした。医師ではないのに病気にかかわる分野に身をおいていたからです。
この二人の巨人は、居心地のよさを必要としてはいませんでした。もし二人が居心地のよさを求めていたならば、ダートは人類学者であること、ポーリングは医師であることをよしとしていたでしょう。それでも、それぞれの分野の人々の耳に痛いことを言い続けていたでしょうから、やはりどこへ行ってもアウトサイダーだったことでしょう。イグナティアス・セメルワイス、テンプル・フェイ、その他名をあげきれないほどたくさんの人々がそうであったと同じように。

サーチャーの特徴は、
1.何かに深い関心を寄せていること、
2.従来とは違った目で物事を見ようとする傾向があること、
3.結果に関しては、極端なまでに実際派であること、
4.このうえなく頑固な傾向があること、
5.たぐいまれな先見の明をもつ人が多いこと、
6.このうえなく勇気がある人が多いこと
実質的に自分ひとりが孤立していても、他人の意見に惑わされないこと。
文明の進歩のために必要な第二の道は、サーチャーたちの発見が広く役に立つようにするための道です。
たいていの場合この第二の道は、真実を解き明かすことができるのは自分たちだけだと思っている専門家のグループに支配されています。彼らは、自分たちの専門分野を前進させる使命を感じているというより、むしろ、現状が維持されればそれでいいとする人々です。
このように目的が異なっているため、現状維持派の人々はほとんど例外なく、サーチャーたちとは正反対の種類の人々で、人格も、方法も、目的も、正反対です。
そのために、新しいことが発見されてから、それが広く役に立つようになるまでの間には、時間がかかることがほとんどです。
人間の努力という面からみた知性、知識、勇気、確実さ、誠意、献身などを量るには、何らかの発見がなされたときから、それが実際に役立つような形になるまでにかかった時間がその尺度となります。
より高い知性、より多くの知識、より強い勇気をもち、より確実で誠実で献身の度合いが高ければ、それだけ発見から実用までの時間が短くなるのです。NASA(アメリカ航空宇宙局)という専門家集団による宇宙開発プログラムがよい例だと思います。この若い分野は知的な面でも倫理の面でも、まだ硬く老化するところまでいっていないため、新しい発見があれば、比較的短い時間で一般に利用されるところまでいくのです。
知性と、知識と、勇気と、確実さと、誠実さと、貢献の度合いとが低ければ低いほど、その分野での発見が実用に供されるまでに長い時間がかかります。
発見者の力は、その人がどれだけの洞察力をもっているかにかかっています。謎めいた霧の向こうにある真実、時にはうそという囲いの中に埋もれている真実を見通す能力です。
彼らのもつ力は、同時にサーチャーとしてのもろさ、あるいは弱さを併せもっています。
サーチャーたちは、因襲や、凝り固まったプロ意識や、今まで長いことそう思い込まれてきたことでぼやけてしまった空気の向こう側にあるものをはっきりと見通しているために、自分で「証明」できるようになるよりもはるかに早い時期に、それが真実だとわかってしまうことが多いのです。
サーチャーの目には、新しい発見が真実であることははっきり見えています。そのうえこうした発見はほとんど例外なく、真の文明の進歩につながりうるものであったり、(つまり、新しい発見によってよりよい生活がもたらされること)、生命そのものを支える役に立つものであったりするのです。だから発見者は、自らの発見が真実であるとわかってからできるだけ早く実際に利用されるようになってほしいと思うものなのです。自分と同じだけの明確な視点をもたない人たちや、自分と同じような純粋な目的をもたない人々を相手に証明してみせるよりも、実際に役立っている姿を見たいものなのです。
ここに登場するのがリサーチャー(調査、研究をする人、リサーチする人)、です。
リサーチャーたちと、サーチャーを含む他の人間との間で共通しているのは、輝くほどの賢さと厳しいまでの誠実さをもった人から、愚かでどうしようもなくいいかげんな人まで、さまざまな人間がいるということです。
賢くて誠実な人から、愚かでいいかげんな人まで、実にさまざまなために、専門家集団は、彼らを利用して文明の発達を速めることもあれば、その邪魔をすることもあるのです。どちらになるかは、彼らを利用する専門家集団の誠意と目的意識しだいです。
誠意があり、文明を前進させたいと思っている専門家集団であれば、新しい発見が文明を推し進める役に立つことを願い、誰よりも賢くて誠実なリサーチャーたちの力を利用して、その真実をできるだけ早く証明させようとするでしょう。
現状が維持されればそれでいいと思っている誠意のない専門家集団は、愚かでいいかげんなリサーチャーを使ってあらさがしをさせ続け、わらにもすがる思いで集まってきたたくさんの罪のない人たちの心に暗い影を落とすのです。あら捜しは果てしなく続き、そのために明日の朝昇ってくるはずの太陽の足を引っ張るような結果となるのです。
人間能力開発研究所には、「研究所が20年以上にわたって世の中の親たちに教えてきたことが、《新しい事実》として発見された」という表題のついた掲示板があります。この掲示板には、いくつものことを証明する新聞や雑誌の切抜きがたくさん貼り付けられています。そのいちばん上に見えるのは、研究所のスタッフは、わずかな費用で活動するサーチャーたちで構成され、多額の費用をかけて研究している一部のリサーチャーよりも25年ほども早く現実をもたらしている人々だ、という事実です。
人間能力開発研究所創立者
グレン・ドーマン