
障害のある子供たちに大きな変化をもたらすためには、まず、世界中のあらゆる子供たちの知性面、運動面、および社会面の成長に変化を及ぼさなければなりません。私たちはそう思っています。
彼らが障害を克服して出て行く社会は、それだけの価値のあるものでなければなりません。
トミー・ランスキーという名前の少年が私たちの目の前に登場したのは何年も前のことでした。当時の私たちは、トミーの出現が、私たちの住む世界を変える道の出発点であったことに、気づいてはいませんでした。さらにトミーはその後、私たちが自分自身を見る目や、人間の発達についての見方を変えることにもなったのです。
トミーは4歳でしたが、8歳の子供よりもしっかりと読む力をもっていました。それだけではありません。トミーは重度の脳障害児だったのです。これはどういうことでしょうか。私たちはトミーのことをよく知っていました。そのうえ何年も前から、トミーと同じような子供を治療していました。トミーにはかなり重度の脳神経的な問題がありました。脳の神経的な編成が十分でないために、歩くことができませんでした。どこから見ても脳障害児だったのです。でも、それだけのことと言ってはいられませんでした。トミーは読めるというだけでなく、とてもよく読めたのです。同年齢の子供たちがアルファベットの積木で遊んだり、色の名前を教えてもらっていたときに、トミーは手に触れた本を片っ端から読みこなしていました。
人間能力開発研究所の脳神経編成に関する機能評価の段階のなかで、トミーはどこに位置するのでしょうか。歩けないのですから、平均以下であることは確実です。でも、同年齢の子供を上回る読みの能力があるのですから、その点では平均以上であることは確かです。ひとりの子供がいちどにふたつの段階にいることがありうるのでしょうか。そういうことがありうるなら、障害児と健常児の間にくっきりと引かれていた境界線はどうなるのでしょうか。トミーの出現で、この境界線はぼやけてしまいました。
人間能力開発研究所にやってきては去っていった何千人もの「トミー」たちのおかげで、この境界線はますますぼやけていきました。
世界各地からやってきたご両親は、自分が抱えている問題を解決しようと夜も日も努力を続けている障害児が、身体面でも、知性面でも、社会面でも優秀になれることを証明したのです。
1979年、人間能力開発研究所は重大な決定をしました。ベターベビー研究部門を設立し、これから子供をもとうとしているご両親や、健常な赤ちゃんのご両親のためのコースを開催することにしたのです。
私たちはとてもたくさんの「トミー」たちと出会ってきました。彼らは抜群の能力を身につけて研究所のプログラムから卒業し、知的には月並みな世間へと出て行ったのです。彼らと同学年で、読めない、書けないという子供たちは、少なくありませんでした。研究所のプログラムをおこなったご両親は、障害のあるわが子を健常にしようとして、天をも地をも動かしてきた人々です。でもそういう子供が出て行く先にあったのは、私たちが心のなかで思っていた控えめな基準にさえ満たしていない世界だったのです。
私たちの目に、そのことははっきり見えていました。でもベターベビー研究部門ができた頃は、それを理解できない人もいたのです。そういう人々は、私たちが、障害児にかける時間を削って、それを健常児のために使うのだと思っていたのです。今でも時々、「そちらではまだ障害児の治療をしていますか」などという手紙がくることがあります。
他の人々には想像もつかないでしょうが、研究所のプログラムをしている子供の親や研究所のスタッフは、1日36時間、1週間8日、1年60週あればいいとさえ思いながら日々を過ごしています。そんな私たちは、健常な赤ちゃんのご両親に教えようと決めてからも、研究所で受け入れる障害児の数をひとりとして減らすことはしませんでした。
私たちは健常な赤ちゃんのご両親のために、1年に5週間を使っています。それでも年に47週間は傷ついた子供たちのために使えます。
5週間。それだけ使う価値のあることでしょうか?健常な赤ちゃんたちは、5週間を使うだけの価値のある存在でしょうか。
「赤ちゃんの知性を何倍にもするには」のコース(ベターベビーコース)を始めたのは、1978年でした。コースを受講したご両親の数は、これまでに1万人ほどです。そのなかで、「健常」な自分の子供が実は健常ではなかったと気づいた方が30%以上もいることを皆さんはご存知ですか。こういうご両親は、自分の子供の「ぼやけた」境界線が、どちらの方向にでもずれる可能性があることに気がついたのです。気がついてどうすると思いますか。家に帰って、「実は健常ではなかった」子供の治療にとりかかります。この人々は研究所で診てもらうための予約リストに名前が載ることもなく、再び研究所に戻ってくることもありません。この人々は、今受講したばかりのコースで得た知識を持ち帰って、それを子供たちのために使うのです。
こういう子供は、軽度あるいは中度の障害児です。かつて、こういう子供たちは何年もがんばって、失敗の痛みを抱えて、9歳か10歳になってやっと私たちの前に姿をあらわしたものでした。でも今は、こういう子供の名前が障害児のための予約リストに載ることはなくなりました。健常になっているからです。それも、学校では、やっと尻尾にしがみついているのではなく、クラスのトップにいる子供たちです。
こういう子供が占めていたであろう予約リストの場所には、もっと障害の重い子供や、赤ちゃんのときにご両親がベターベビーコースを受講するチャンスのなかった子供たちの名前が載るようになりました。
脳障害児が、研究所にたどり着くまでの苦しみと失敗の年月を経験しなくてもすむようにできるなら、1年のうちの5週間は価値があると思いませんか。
子供自身が、自分には問題があると気がつくだけの年齢になる前に、問題を解決しておく助けになるならば、1年のうちの5週間は価値があると思いませんか。
本当の意味での予防の手段となり、ひとつの命を救うということをお教えできるならば、1年に5週間を使う価値はあると思いませんか。
「まだ障害児を治療していますか?」「もちろんです。そのために1年に52週間使っています。」
人間能力開発研究所所長
ジャネット・ドーマン