子どもたちのサクセスストーリー

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モンセラート・サルダーナ

 

 サルダーナ家の2番目の子供のモンセラートは、1989年8月2日に帝王切開で生まれました。この赤ちゃんは眠ってばかりいいて、食事を与えるときにわざわざ起こさなければならないほどでした。生後2ヵ月のとき、染色体異常によるモザイク型ダウン症と診断されました。幼児期には、繰り返して尿路感染症にかかりました。

 モンセラートがまだ赤ちゃんのころ、ご両親が「What To Do About Your Brain-Injured Child (邦題:親こそ最良の医師)」を読んで、家庭でプログラムを始めました。パタニング、バランス運動、読みのプログラムなどをおこなった結果、意識がよりはっきりしたり、腹ばいが できるようになるなどの成果がありました。1990年2月にお母さんが、6月にお父さんが「あなたの脳障害児になにをしたらよいか」のコースに参加しました。 ご両親はこのコースで子供への刺激の与えかたを学び、その結果モンセラートは1歳の誕生日前に、高ばいができるようになりました。

  初めて研究所のスタッフの評価を受けたのは1990年8月、生後11ヵ月のときでした。それまでのご両親の努力が実って、モンセラートの視覚、聴覚、触覚能力はよい進歩をみせていましたが、聴覚と触覚はまだ年齢レベルでは完全とはいえませんでした。高ばいはしていたものの、まだ歩けず、手の使い方も年齢レベルには達していませんでした。

 研究所スタッフは、モンセラートのための集中プログラムを作成しました。内容は、腹ばい、高ばい、マスキング、読み、算数、ビッツ、聴覚刺激、栄養などです。

  6ヵ月後に研究所に来たときには、モンセラートは歩き始めていて、言語も進歩していました。サルダーナさんご夫妻は、モンセラートには知性面の問題はないことを感じていました。むしろ、早期にプログラムを始めたことで、知性面は年齢レベル以上になっていました。聴覚も年齢レベルでパーフェクトと評価されました。

 その後数年間、研究所スタッフが作成してモンセラートが家庭でおこなったプログラムには、次のようなものが含まれました: 歩行、ランニング、体操、ブレキエーション、重力フリー、腹ばい、高ばい、前庭器官のための運動、マスキング、呼吸パタニング、酸素量強化のプログラム、 読み、算数、百科事典的知識、問題解決、優勢側確立のプログラム、社会的成長のプログラム、栄養など。

 1998年2月の時点では、同年齢の健常児よりはるかに高いレベルの市販の本を読んでいました。協調もしっかりして、3マイル(4.8キロ)をノンストップで30分以内で走り、 1マイルは10分以内で走れるようになっていました。体操でも水泳でも、優れた能力を発揮しました。話し方が時には速すぎたり、文字を裏返しに書いたりすることもありましたが、かなり続けて長い話をしたり、書いたりできるようになっていました。スタッフとご両親との話し合いの結果、あと6ヵ月間プログラムを続け、その後秋の学期から学校に行くことになりました。

 1998年12月にご両親から、学校も課外の活動も、とてもうまくいっているという報告がありました。知性面でも、運動面でも、社会面でも、ご家族が期待した以上の成功を収めているとのことでした。

 1999年3月に研究所に来たときにも、読み、書くこと、言語なども、進歩し続けていました。学校のすべての学科でも、自立度においても、着実な進歩がみられました。

 担任の先生は次のように書いています。「クラスメートとはとてもよい関係を保っています。クラスにうまく溶け込み、ひとりひとりととても仲良くしています。私の目には、彼女が人生のすべての面で進歩しているのが見えます」

 同年齢の子供たちに混ざって学校での経験を積めばよい結果を収めていくことができるという確信のもとに、モンセラートをグラジュエーション・トゥー・ライフとすることに、ご両親もスタッフも同意しました。