子どもたちのサクセスストーリー

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ブロンソン・テイト

 二人目の息子のブロンソンを妊娠中、異常なまでのつわりに悩まされたお母さんは、妊娠3カ月までの間に体重が6キロ近くも減りました。しかし薬によって吐き気もおさまり、その後出産まで、着実に体重は増えていきました。

 ブロンソンは1991年12月19日に、14時間にわたる陣痛を経て産まれました。出産時のアプガールスコアは9で、5分後は10でした。

  生後1年までの間、ブロンソンは機嫌が悪かったり、どこか痛い様子であることも多く、しっかりした睡眠もとれませんでした。生後9カ月のころから耳の炎症が出始め、1カ月のうち15日は耳の具合が悪いということがその後5カ月ほど続きました。5カ月で腹ばい、6カ月で高ばいをし始め、14カ月でしっかりと歩くようになりました。

 15カ月の検診のとき、お母さんはブロンソンの言語が少ないことが気になりましたが、小児科の医師からは、そのうちにちゃんと話すようになる、と言われました。2歳になったブロンソンをその医師のところに連れて行ったとき、検査を受けるように言われ、結果として、言語に重度の遅れがあると診断されました。

 お母さんは、ブロンソンについて次のように描写しています。「ブロンソンのなかには、 二つの異なった状態が混在しているかのようでした。彼は時として、自分だけの世界に入り、周囲に誰がいようと、何が起こっていようと、気がつかないかのようでした。自分のしていることに没頭しているか、自分だけの世界で深い考え事をしているようでした。そんな時は、どんなに話しかけても、何かで彼の気をひこうとしても、無駄でした。

 何か私に伝えたいことがあるときには、嬉しいときも、悲しいときも、たいていは耳につきささるような悲鳴や叫び声をあげました。とくに思いどおりにならないときは、いつもそういう声をあげていました。」

 ご両親はブロンソンの行動を見て、自分たちの息子には問題があると判断したと言っています。親として常に一貫した態度で息子に接していたにもかかわらず、 彼の行動には変化が見られませんでした。親からのメッセージが伝わらず、ブロンソンは、叩いたり、してはいけないことをし続けました。

  友人のなかに、研究所のプログラムのことをよく知っている二組の家族がいたことは、テイトさんご夫妻にとって幸運でした。この人たちから聞いたことをもとに、少しだけプログラムを始めていたテイトさんは、1994年の6月に「あなたの脳障害児になにをしたらよいか」のコースに参加しました。

 研究所のスタッフが初めて機能評価をしたときには、それまでに家庭でおこなっていたプログラムによって、ブロンソンの脳神経年齢はすでに15.6カ月から19.6カ月にまで成長していました。この評価では、視覚の収束がファンクショナルで、記号や絵を認識、識別することができました。ある種の音に対して耳をふさいだり、ときにはこれという理由もなく耳をふさぐこともありました。家庭内の音の方向を認識する能力も一貫してはいませんでした。ご両親は、ブロンソンは、単語を20から25語と、二語文をいくつか理解すると報告していました。

 肩やその他の部分で、痛みに対する反応の遅いところがありました。腹ばいと高ばいができ、1日合計340メートルほど歩き、ノンストップでは9メートル歩くことができました。

 意味のある音声も範囲が限られ、同じ音声を異なった意味で発することもしばしばでした。単語は20語ほど話せましたが、二語文はなく、同じ単語を何回も繰り返して発することもよくありました。皮質協応は、両手とも見られました。

  またご両親はブロンソンについて、多動で、予測のつかない行動をとる、かんしゃくを起こしやすい、指示に従わない、心ここにあらずということがある、これという理由もなく金切り声をあげる、よく他人を叩く、公共の場所では状態がさらに悪くなる、あまり甘えてこない、というようなことを報告していました。

 テイト夫妻は、この評価に基づいてスタッフが作成した集中プログラムを開始しました。毎日のプログラムの内容は、反射マスク、パタニング、高ばいと腹ばい、単語と文章の読み、手作りの本、触覚刺激、栄養、水分バランス、多動に対して処方されていた薬剤の除去などでした。

 その後7カ月の間、ご両親は、研究所の集中プログラムを一貫しておこなうために、ブロンソンにやる気をおこさせることに多大の努力を注ぎました。2歳半の子供に高ばいや腹ばいをさせるのは簡単ではないことを、ご夫妻は身をもって体験したのです。

  しかしその努力からは大きな成果が得られました。1995年の再診のときブロンソンは、手作りの本のページを正しく認識して、読む能力があることを示したのです。そして読みのヴィクトリーを獲得しました。また、指示に簡単に従ったり、ゲームをしたり、他の子供にルールを教えたり、好きな動物についての情報が書いてある本が大好きだということを表現したりして、理解力があることがはっきり目にみえてきました。理解力は同年齢またはそれ以上のレベルになり、理解力のヴィクトリーも獲得したのです。

 触覚の分野では、触れることによって物体の特徴を判断することができ、発達プロファイルの触覚のレベルは6と評価されました。100メートルをノンストップで走り、ランニングのヴィクトリーも獲得しました。

  言語は、最初の評価の時点での単語20というところから、大きく飛躍して2000語にまで達し、文章もたくさん話すようになっていました。今ではブロンソンは、自分の言いたいことは何でも、チャーミングで丁寧な話しかたで表現することができます。こうして話すことのヴィクトリーも獲得しました。

 さらに現在では、両手を使って水を注いだり、容器の蓋を回して開閉したりする機能も安定して、手を使う能力はレベル6に達しました。

 薬剤除去も完了して、この分野でもヴィクトリーとなりました。

  7カ月間で、脳神経的には21.07カ月ぶんの成長が見られたのです。全体としては、プログラム開始前に比べて、556%の速さで成長したことになります。生活年齢37カ月で、脳神経年齢は40.7カ月です。3歳児の平均を上回らないまでも、ブロンソンは知性面、運動面、社会面で、ごく普通の3歳の子供です。多動や、わけの分からない行動は姿を消しました。

 ブロンソンが健常な子供になったことについては、スタッフ全員の意見が一致しました。息子に関する答えをご両親が見つけ、それをしっかりとプログラムのなかで生かしたのです。この経過はテレビでもとりあげられ、「ミラクル・ベイビー(奇跡の子供)」と題して放映されました。こうしてブロンソンの人生は一変しましたが、これは、家族全員の決意と頑張りがもたらした「奇跡」にほかなりません。